連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

   一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」

 美津子との再会91
  「リョウ君、さっきまでみっちゃんがいらっしゃいましたよ。リョウ君と会えるのを期待していたみたい。」
 「えっ!」 彼は言葉を失った。
彼は学生時代から通っていた「和風居酒屋 参萬両」に、久しぶりにやってきた。ママは当時すでに五十歳を過ぎていたから、今は七十歳をとうに越えている。彼女は四十歳を過ぎたリョウを今でも子ども扱いだった。

 美津子との再会92
 「この近くでお嬢さんのバレェの発表会があったので、お店に立ち寄ってくれた。あの頃から素敵な子だったけど、もっと素敵な女性になっていたので、ママも驚いたわ。」
  「リョウ君も驚くわよ、きっと。惚れ直すわ、女の私から見てもいい女だから…」
  こんな偶然があるだろうか?それとも必然なのだろうか? 彼女が良の行きつけの店で立て続けに会う偶然があるだろうか?
 それとも美津子は懐かしい料理を味わいたかったのだろうか?それとも良に会うため理屈をつけたのだろうか?
  考えれば考えるほど、彼の頭は混乱するのだった。

 美津子との再会93
  ビールとアジの南蛮漬けが出された。安い料金なので、「参萬両」はサラリーマンや学生の間で人気があった。安くても決して古い魚介類は出さなかった。小魚の大衆魚をメインに提供していた。
 若い人たちとワイワイ騒ぐのが、昔からママは好きだった。良も学生時からときどき顔を出した。そのたびにママは彼を子ども扱いした。それは今も変わっていない。
 そのため、四十歳を過ぎた今でも、「参萬両」に居るとき、彼は実家にいるように寛(くつろ)いだ気持ちに浸(ひた)れた。

 美津子との再会94
  「もうそろそろ、リョウ君が来る頃だと、みっちゃんに言ったのよ。リョウ君が来るのは毎月、二十日過ぎてから。」
 ママは何でもお見通しだった。サラリーマンは給料前になると財布が中が寂しくなる。そのために繁昌店の「参萬両」でも客が減る。四十歳を過ぎた彼には、さすがに余りにも店内が賑(にぎ)やかだと落ち着かなかった。

 美津子との再会95
  「彼女は何か言いました?」
  「別に何も…」
  何か奥歯に挟(はさ)まったように言葉を濁(にご)した。
  「ママ、何か隠しているだろう?ママはさりげなく、根掘り葉掘り聞いているだろう?」
  「私は、何も聞いてない…」
  良に言うのを憚(はばか)ることを聞いたのだろう。良はそれ以上ママを追及しなかった。マスターは押し黙って注文の料理を作っていた。

 美津子との再会96
 午後十一時を過ぎると、一組だけいた個室のお客さんも居なくなり、アルバイトの若い二人の女性も帰った。
  「リョウ君、キンピラゴボウとナスビの炒め物も、残り物だけど…、これはサービス。」
  彼の好きな食べ物も知り尽くしている。 アルコールの強くない良は、居酒屋でも食べるのが中心であった。
  「さっきの話だけど…」
 「もう、いいよ、全然気にしてないから…」

 美津子との再会97
 美津子が何を話したか、気になって仕方のない良であったが、残ったビールに手も着けず、店を支払いを済ませようとした。
  「リョウ君、顔が聞きたくて堪らないと言っているよ。聞きたいんでしょ。」
  「もう、いいんだよ、ママ。ずっと昔に終わったことだから。」
 マスターは決して口を挟(はさ)まない。
  「みっちゃんと先日会ったんでしょう。彼女が話してくれたわ。」
「偶然、『まちかど』で会ったよ。シェフの料理が食べたかったらしいよ。」

 美津子との再会98
 良は悩んでいることを悟られないように、わざと淡々と答えた。ママは半ば冗談気味に、  「リョウ君は相変わらずだね、昔とちっとも変わっていない。この、負けず嫌い!」
 「本当は悩んでいたんでしょ、リョウ君のことだから、みっちゃんがなぜ『まちかど』に来たのか?本当は知りたいのでしょ。」
 図星であったが、彼は強く否定した。
「ママにだって、昔食べたものが食べたくなるときがあるだろう。それじゃない?」

 美津子との再会99
  「このわからず屋!いつまでたってもリョウ君は子どもねぇ。」
 強い口調から、ママは母親がわが子を諭(さと)す優しい口調に変わっていた。
  「『まちかど』と同じような料理ならいくらでもあるでしょ。彼女はお金持ちの奥さんだから、ゴマンとお店を知っているはずよ。それなのに、なぜ『まちかど』のわざわざ行くの?」 「リョウ君に会いたいからに決まっているでしょ。」
 今度は断定した。

 美津子との再会100
  「でも、ママにも、なぜリョウ君に会いたいのかは分からない。」
  長く水商売をして人生経験豊かなママでも、美津子の真意を測りかねていた。おそらく、普通なら「お金持ちの奥さんの気まぐれ」と言うに違いない。しかし、美津子の性格を知り尽くしたママにも、そう断定できない何かを感じさせたのだろう。
  「みっちゃんが旦那様を褒めれば褒めるほど、ママは違う何かを感じたわ。女の業(ごう)かしら?」

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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