連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

「第4章  別れのとき」

    (本文) 「フランス料理 オールド・ルアーブル」

 別れの時206 通算1171
 ましてや、世の掟(おきて)に逆らった恋ゆえに、その思いは強かった。
 「リョウ君、わたし、幸せ…。リョウ君と昨日からずっと一緒に過ごせて…。」 恵里の幸せそうな笑顔が、良の唯一の救いであった。
 「こうやって食事したり、おしゃべりしたり、ドライブすることの一つ一つが、私のかけがいのない思い出になるわ…。それにリョウ君からもらったお手紙は私の宝物…。決して誰にも見せないわ。ときどき出して読むつもりなの…。」

 別れの時207 通算1172
 恵里は目を潤ませていた。手紙を思い出していたのだろうか?
 「どうでしたか?」−そのときシェフが挨拶に来た。
 「美味しかったです。特にイセエビが好きです。」−デザートと紅茶に口をつけながら恵里は答えた。
 美人姉妹とは違う、楚々とした恵里の美しさにシェフも驚いているようであった。
 「それに風景が素晴らしいです。ときどき連れて来てくれたら嬉しいです、部長。」

 別れの時208 通算1173
 「ぜひ、ご一緒にどうぞ。」スラっとして体型の、いかにも人当たりの良さそうなシェフが良に話しかけた。
 「わざわざ遠い所までありがとうございます。」一時間以上かけて来ている事を以前に話したことがある。それを覚えていたのだ。
 シェフは下の駐車場まで見送り、そこから見える風景を説明した。お客を大切にもてなす姿勢が長く店が続いている理由であろう。
 店が流行るには理由がある。流行らないのにも理由がある。

 別れの時209 通算1174
 「どう感じた、あの店?」
 「クラシックな料理を守っているお店ですね。でも、もう少しキレのある料理を取り入れてもいいかな、と思います。しかし、お客さんを大切にする気持ちを感じました。それでリョウ君も行くのでしょ。」
 「まさにその通り。私たちの仕事も同じ。古き良きものを守りながら新しいものも取り入れることが企業存続の要素だろうな。」
 「リョウ君、恋は?」
 「やはり、相手を大切に思う気持ちかな?」

 別れの時210 通算1175
 「恵里はどう思う?」
 「わたしも同感です。でも、そんなことより、リョウ君のこと好きだもん。自然に大切にしたくなるの。リョウ君は?」
 「俺だって…。」 昨日の来る時とはまったく違った空気が車の中に流れていた。女として自信だけではなく、良の気持ちを得たという自信がついたのであろうか。
 「本当にありがとうございました。」−別れ際に軽くウインクした恵里の自信たっぷりの表情に、良は戸惑った。


「第4章  別れのとき」

    (本文) 美津子の秘密「居酒屋 参萬両」

 別れの時211 通算1176
 良は和風居酒屋「参萬両」のカウンターで一人ビールを飲んでいた。 「リョウ君、何かあるのね?」 「ママの顔を見に来ただけ…。ママも年だからときどき顔を出さないと心配だよ。」 「言ってくれるねぇ、リョウ君。嬉しいような、悲しいような…。」良を知り尽くしたママは心配そうであった。しかし、二人の若い女性と関係を持ったなど言えるはずもなかった。 そこへ一人の女性がカウンター席の端っこに座った。

 別れの時212 通算1177
 「懐かしいわぁ、ママさん覚えている?わたしのこと。ずいぶん来てないから覚えてないですよね。もう二十年もなるから…。」
 「どこかでお会いしたような…。面影だけは覚えているけど…。ごめんなさいね。」 良は黙って二人の会話を聞いていた。
 「リョウ君を覚えていますか?よくこの店に来ていた、あの遊び人風の男の子…。彼と何回かこの店に来たことがあるんだけど。覚えていらっしゃらないだろうなぁ。」

 別れの時213 通算1178
 ママは良の方を向いて大笑いした。
 「エッ、もしかして…リョウ君…あのリョウ君?」
 「そうさ、遊び人風の良だよ。…由美?」
 「びっくりしたぁ、あのリョウ君が立派になって…。本当にびっくりした。リョウ君、一人?隣に行ってもいい?」
 「思い出したわ。由美ちゃんね。リョウ君とは親友だったねぇ。失礼しました。二人で積もる話もあるでしょう。こんな奇遇はないからねぇ。」 良と美津子を紹介した、あの由美だったのだ。

 別れの時214 通算1179
 二十年余年の歳月が彼女を変えていた。その容貌には大きな変化はなかったが、どこかに寂しさに似た影を感じさせた。それは彼女の今までの人生にさまざまなことがあったことを覗(うかが)わせた。
 「リョウ君がまさかサラリーマンらしくなるなんて、想像もしてなかった。」
 「俺には特別な能力がないから…。」 不思議そうに良を見つめた。
 「変われば変わるもんだ。ふ 〜ん。」
 「気持ちは何にも変わってないよ、俺。」

 別れの時215 通算1180
 「会社に入ったのは知っていたけど、もうとっくに辞めていると思っていたわ。」
 「どうやって食っていくんだ。」
 「リョウ君なら何とでもできるでしょ。」
 「それより君はどうなんだ?」
 「わたし?今は自由に生きているわ。離婚もしたし…。」
 「なぜ、離婚を?」
 「色々あるのよ。もう、男はウンザリ…。」
 「そうなんだ。でも、由美はいい女だから男が寄ってくるだろう。」
 「そうね、ろくでなしばっかり…。」

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       第4章 別れのとき(BN)
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 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
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