連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫
 美津子との再会121
  彼女を送ったあと、しばらくしてメールが送られて来た。帰宅中の電車の中で彼はそれを読んだ。
  「ごめんなさい部長、今日は酔っ払ってしまいました。本当にごめんなさい。私、反省しています。美味しいおでんと、初めて部長と二人きりで飲むお酒に、私は舞い上がってしまいました。部長が悩んでいたことを忘れていました。読んでもらえない手紙を書いていた部長の姿を、思い出すだけで涙が流れます。」

 美津子との再会122
  「普段仕事をしている部長とまるっきり違っていました。落ち込んでしまって、何か思いつめた部長の姿を初めて見ました。部長にとって美津子さんは忘れられない人なのですね。
 いいえ、それだけではないことも分かっています。部長のその後の人生を大きく左右した女性であることも分かっています。その美津子さんと再会したことが…。」
  ここでメールは終わっていた。恵理は感極まったのだろうか?ふと電車の窓に弥勒菩薩が浮かび上がったように感じた。しかし、それはすぐに消えた。それは恵理の姿だったかもしれない。

 美津子との再会123
  「部長、最近恵理が落ち込んでいて元気がありません。何かあったのですか?」
 部門が違う紺野美紀が良に書類を持参したときに話しかけた。仕事に追われていたせいもあり、彼はまったく気付かなかった。
 「部長、恵理を元気づけるためにも、美味しいものを食べさせて下さい。」
  「鈴木君をダシにして、本当は君が食べたいだけなんだろう?」
 「バレました?」
 「バレバレだ。そう言えば私も最近出てないなぁ。鈴木君の都合を聞いてくれ。」
 「大丈夫です、もう話はついてます。」

 美津子との再会124
  恵理がこちらの様子を窺(うかが)っていた。美紀がOKのサインを出すと、恵理が会心の笑顔を見せた。
 「クソっ、やられた!二人はグルか!」恵理が二人に近づいた。
 「オイ、ワル二人!」 二人は両こぶしを握りしめ、嬉しそうにガッツポーズした。
 「また、部長がたかられている。俺らが先に言うんだった。やられたっ!」
 周りの部下が良のいるのに失礼なことを平気で言っている。彼の部門には自由な雰囲気があった。

 美津子との再会125
  「和風居酒屋 参萬両」に三人はいた。恵理も美紀も初めてだった。
  「リョウ君、今日は両手に花だね。」−彼を「リョウ君」と息子のように呼ぶママに二人は驚いていた。
  「部長は長くお店に通っているのですか?」
  「大学生の頃から…、二十歳くらいからずっと通ってくれていますよ。」
  「部長はどんな人でした?」
  「若者、若者していて可愛かったよ。特に何もしていないのに、本当に個性的で魅力的な学生さんだった。リョウ君のような学生は、それからもあまり見ない。」
 恵理は学生時代の良のことを根掘り葉掘り聞きたがった。

 美津子との再会126
  「ママ、ヤバいことを言わないでよ。一応彼らは部下だからな。」
  「分かってますよ、リョウ君。私もこの商売長いからね。」
 水商売には話してはならないタブーがある。最近の商売人の中には、聞いてもないお客のプライバシーをペラペラしゃべる者もいる。
  「このお客さんの職業は○○」など、偶然隣合わせのお客さんにまで話す者もいる。仕事を離れて飲み食いしているお客にとっては迷惑以外の何物でもない。
 彼はそういう店には二度と行かなかった。

 美津子との再会127
  彼の恋愛の話には決して触れないだろうと、彼は安心した。
  「奥さんとも来たことありますか?」
 「さぁ、どうだったかしら?一緒にいらっしゃったことがあるような、ないような?二十年も前のことだから記憶があいまいで…」
 さすがに上手いものである。ウソをつかずに上手にはぐらかしている。
  「部長のことだから、何度も一緒に来ていると思うよ、わたし。」−美紀も加勢した。

 美津子との再会128
  「ところで、入社した頃、部長のことをずっと独身だと思っていました。」
 しかし、いたずらっぽい目をして美紀が話題を変えた。彼は美紀の悪戯(いたずら)に戸惑ったが、ホッと胸をなで下ろした。
  「私もそう思っていました。」
  「得意先でも良く言われるよ。子どももいるのにねぇ。」
  「部長には生活感をまったく感じさせません。好き勝手に生きているって感じがします。仕事と食べること以外に興味がないって感じです。」

 美津子との再会129
  「鈴木君はともかく、紺野君は食べること以外は何も興味がないって感じだよ。」
 「ひどっ、私も仕事に興味がありますよ〜。それに恋愛もしますよ〜」
  「ウソだろ!君の恋愛の相手はステーキか?」
 「ちゃんとした人間ですよ〜。恵理のように結婚している人を好きになったりしません。」 しまった、という表情で美紀は恵理を見た。恵理は美紀をキッと睨(にら)んだ。

 美津子との再会130
  「エッ、鈴木君は結婚している人を好きなのか?それはダメだよ。思いもしなかったなぁ。」
  「冗談、冗談です、部長。部長がどういう反応をするか、試しただけです。」
  「そんな訳ないです。部長、安心して下さい。」−恵理の言葉にホッとした。
  「ドキッとしたじゃないか、変な冗談を言って驚かせるんじゃない。」
  こんな良い娘は幸せな恋愛をして欲しい。良のように後々まで苦しめられる恋をして欲しくない。こういう苦しい想いをするのは自分一人でたくさん−良は願っていた。
  その夜彼は夢を見た。夢の中で、弥勒菩薩(みろくぼさつ)と美津子がオーバーラップした。

 次ページへ(131〜140) 

        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

                       トップページへ  追憶の旅トップへ

カウンタ