連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会171
  彼女の家の後遺症はそれだけでは終わらなかった。ずっとお父さんに押さえられて来た彼女のお母さんは、今までしたかったことをどんどんするようになった。
 父を一人で留守番させて、買い物に出かけたり、友達同士で食事もするようになったという。
 「父がかわいそうなので私が優しくしています。父は今までとは逆に、『恵理、嫁に行かないでずっと家に居てくれ』と言うようになりました。

 美津子との再会172
 良には笑えなかった。女の立場からは喜劇だろう。しかし、男の立場で言えば悲劇である。今まで家族のために身を粉にして働いて、挙句の果てにつまはじき。
 男の宿命だろうか?
  「部長、部長…」 黙って考え込んだ良を恵理は気づかった。
  「男って悲しいねぇ。」
  「私、言わなければ良かった…」恵理は今にも泣きそうだった。

 美津子との再会173
  はやし立てた美紀もバツが悪そうだった。
  「さぁ、飲んで食べるぞ、今度はこの店でしか食べられない味噌ダレの焼き肉にしよう。それにうどんをトッピングすると驚く上手さになる。」
 ホルモン、豚、ロースにキャベツ、ネギを加え、冷凍うどんをトッピングして味噌ダレで焼いて食べる−これが良の食べ方であった。
  「うどんがこんなに美味しくなるとは想像もつかなかった。」恵理は気を取り直して美味しそうに食べている。

 美津子との再会174
  普段は健啖家(けんたんか)の美紀はションボリしていた。
  「肉が恋人の紺野君、肉に嫌われるぞ!」
  「恵理に悪いことをしてしまって…」
  「鈴木君の問題が解決して良かったと、私は思っているんだ。君も相談に乗ってあげたんだろう。鈴木君は君に救われたと思う。」
  「そうよ、美紀、ずっと私の相談に乗ってくれてありがとう。やっと解決できたのもあなたのお陰よ。」

 美津子との再会175
  「そうだよね、きっとそうだよね。」美紀は健啖家(けんたんか)を遺憾(いかん)なく発揮し始めた。
 「これは美味しい。部長が絶品だと褒(ほ)めるのが分かります。美味しそうに食べる三人を店長は嬉しそうに眺めていた。
  「近いうちにまた連れて来て下さい。お願いします。」 美紀は豪快に食べながら良に頼んだ。

 美津子との再会176
  「問題が片付いて良かったねぇ。」
 「はい、良かったです。」 恵理を送っている間、あの快活な彼女の口数が少なくなった
 「部長、いろいろ迷惑をかけてすみませんでした。」
 「私は何もして上げられなかった。力に成れなくて申し訳ないと思っている。」 社交辞令を交わしながら、二人の間しか通じない何かをお互いに感じていた。

 美津子との再会177
  しかし、彼らはそれを口にしようとしなかった。言えば何か壊れそうで…。恵理の手がそっと伸び、良の手を握りしめた。
  「部長、私も母のようなイヤな女だと感じたでしょう?」 恵理は今にも泣きそうであった
 「バカだなぁ、鈴木君。君は誰よりも良い子だ。私はずっとそう思っている。」
  「ホントですか?私、部長にイヤな女と思われたらどうしよう、って…」  恵理は強く良の手を握り締めた。

 美津子との再会178
  「怒られるかもしれないけど、一つだけ聞いていいですか?」
  「何かね?」 「本当に怒らないで下さい。」
 「怒るわけがないじゃないか…」 「本当ですね?」
 彼女は何度も念を押した。よほど聞きにくいことなのだろう。
  「部長、美津子さんのことを今でも忘れられないのですか?」 快活でいて気配りのできる恵理は一途でもあった。

 美津子との再会179
  良は答えに詰まった。忘れたと言えばウソになる。忘れられないと言えば彼自身が傷つく。
  「自分でも分からない。」−良はどちらにでも取れるように答えた。
  「ウソです!部長はずっと美津子さんを愛しているに違いありません。」
 「なぜ、そう思うのかね?」
  「部長が書いていたあの手紙には、私が今まで見たこともない深い愛情が詰まっていました。美津子さんは美しい人なのでしょう?私など到底及ばない人なのでしょう?」

 美津子との再会180
  決して好きだとは言わない恵理。「好き」「愛している」を口にしないからこそ、恵理の深い思いが良に伝わった。しかし、彼はそれに気づかないそぶりをした。
  「部長、ハグして下さい。」 彼が彼女を抱きしめると、彼女の身体は小刻(こきざ)みに震(ふる)えていた。恵理は泣いていたのだ。
  「かわいそう…部長…」 自分より良を気遣(きづか)う恵理。その夜、彼は恵理の夢を見た。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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