連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会201
  「奥さんにもらった大切なネクタイでしょう。センスが良いと思った。」
 「うん、まぁ。」−良は曖昧(あいまい)に答えた。
  「胡麻化したな、部長。それとも誰かさんにもらったネクタイかな?」美紀は恵理の方を見ながら冷やかし気味に言った。恵理は首を横に振った。
  しまった、言うんじゃなかったと美紀は反省しているようだった。 丸く畳んでポケットに入れようとしたネクタイを、恵理はテーブルの向かいの席からわざわざ回って手にした。

  美津子との再会202
  「見せて頂いていいですか?」それは濃い緑のネクタイだった。
 「ステキなネクタイですね。それにとても高そう。」
 「ありがとう。」わざとさりげなく答えた。
  「恵理、ネクタイは置いといて食べようよ。鳥皮は香ばしくて美味しい。」
 「私好みに少し長めに焼いてくれるから。鈴木君も食べてごらん。」良と美紀は必死に話を逸らした。
  恵理はじっとネクタイを見つめていたが、
 「ありがとうございました。」と礼を言って良に返した。何も言わない恵理が気になった。

 美津子との再会203
  「鳥肝も美味しい!」−何事もなかったように二人は食べて飲んだ。ただ、恵理の飲むペースがいつもと違う感じがした。
  「部長、ビールを注いで下さい。」今まで一度もないことだった。彼女は良が注いだビールを一気に飲んだ。
  「部長に注いで頂いたビールは特別に美味しいです。もう一杯注いで下さい。」
  「恵理、飲みすぎだよ。そんなに飲めないのに。」美紀も心配し始めた。
  「大丈夫か?鈴木君。」
 「大丈夫です。心配しないで下さい。」

 美津子との再会204
 その後も恵理はビールを飲んだ。
 「ママさんビール下さい。」ビールの空き瓶を持って立ち上がろうとしたとき、恵理の足もとがふらついた。美紀が慌てて支えた。
  「今日はこれまでにしよう。」良の言葉にも関わらず、
 「もう一本だけ!」と譲らなかった。 良と美紀は彼女にこれ以上飲ませないために、ママが持ってきたビールを急いで飲んだ。

 美津子との再会205
 「酔っ払っちゃた、あ〜気持ちいい!こんなに飲んだのは初めて。」頼りない足元を気にして美紀が恵理を支えた。
  「そちらからもお願いします。」美紀に促(うなが)されて良も片方から支えた。
 「ごめんなさい部長。わたし酔っ払っちゃって…。ごめんなさい。」 恵理は泣いていた。
  「部長に迷惑をかけてすみません。」あくまで自分を責める恵理が、良は無性な愛(いと)しさを覚えた。

     美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 美津子との再会206
  「恵理、今夜は私のアパートに泊まりなさい。」
  「一人でアパートの部屋まで連れて帰るのは無理です。部長もお願いします。」 有無を言わせぬ命令口調だった。恵理の家に電話して事情を話し、タクシーを止めた。さすがに仕事の出来る子だ、その手際は鮮やかだった。オロオロしている良とは雲泥(うんでい)の差があった。
  「大丈夫、恵理。」 「美紀には迷惑をかけてばっかり、ごめんね、美紀。」

 美津子との再会207
  安アパートと思い込んでいた良は驚いた。部屋の広さだけでなく、調度品の豪華さに目を見張った。実家がお金持ちであることは聞いたことがあったが、これほどまでとは想像がつかなかった。
  「部長、独身女性の部屋をジロジロ見ないで下さい。父以外で男性を部屋まで入れたのは初めてですから、恥ずかしいじゃないですか?」
  恵理はソファでぐったりしている。美紀は恵理に水を飲ませ、洗面器に氷水を入れ、タオルで頭を冷やした。その手際も鮮やかだった。

 美津子との再会208
  女性の酔っ払いの前では良はオロオロするだけだった。
  「部長も今夜は泊って恵理の面倒を見て下さい。部長にも責任がありますから!」
 美紀の勢いに気おされた。イヤとは言えず不承不承同意し、妻には急な出張だと電話しておいた。
  「部長、あのネクタイもう一度見せて下さい。」−恵理はずっとネクタイが気になっていたのだ。
  「もう、いいじゃないか。」「もう、一度だけ…」 ネクタイを手に取った恵理、
 「センスのいい素敵な人なんでしょう?美津子さんは?

 美津子との再会209
  「美津子さん?その人誰?部長の奥さん?」 恵理は親友の美紀にも話していなかった。
  「部長、美紀に言ってもいいですか?」 ここまでくれば腹を括(くく)るしかなかった。 読んでもらえない手紙を書いていた良のあの日のことから、恵理は涙を流しながら話した。黙って聞いていた美紀の目からも涙が流れていた。
  「わたし、部長がかわいそうで…」
  「自分の気持ちを捨ててまで部長を思うの、恵理。バカな恵理。恵理ってホントのおバカさん。」

 美津子との再会210
 美紀の目からもポタポタ涙が落ちた。
  「でも、美津子さんが羨(うらや)ましくって…。二十年もずっと部長に思われ続けた美津子さんは…本当に幸せ。」
  「わたし、そんな恋なんてしたことない。わたしが美津子さんだったらいいのに…」
  「私だって…恋の経験はあるけど、『愛している』ってその時だけ…。要はセックスがしたかっただけみたい。」
 美紀の言葉は辛辣(しんらつ)だった。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良
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