連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会231
  「恵理、初体験しなかったのね。」 二人の様子に美紀はなじっているようだった。美紀は勘の鋭い子だった。 
  「いいの、美紀。わたし幸せだから…。」
 「バッカじゃないの、折角わたしがお膳立てをして上げたのに!」 良を責めているようだった。
  「いま時、セックスなんておませな高校生でもするわよ。まったく!上司と部下だからでしょ、古い人。」  美紀に呆(あき)れられていた。
 「二人は高校生以下!話にもならない!」 彼女はは怒っているようであった。

 美津子との再会232
  「部長、洗濯しておきました。」ソファには彼が昨日来ていた下着からワイシャツまできれいに折りたたんでいた。
  「父にプレゼントするつもりで買っていたネクタイですが、部長に差し上げます。どうせ父はここには来ないでしょうから。」
  「部長には地味過ぎるかもしれないけど、我慢して下さい。」  淡々とした口調ではあったが、どこかに潜(ひそ)んだ優しさを覚えた。

 美津子との再会233
  それは良の片隅に残っている記憶にあった。それは昨夜に感じたものとまったく同じであった。
  「すまないね、紺野君。」
  「いいんです、今度、埋め合わせしてもらいますから、意気地なし部長さん…」
  「美紀!」
  「いいのよ、これくらい言わせて。上司と部下との不倫なんて常識。恵理の気持ちを知っているくせに!意気地なし部長さん…」
  「やめて、美紀!私、とっても幸せなの。」
 「恵理がウロウロしている間に、わたしが部長を取っちゃうよ!本気だからね!」
 「イヤよ…。絶対イヤ!」

 美津子との再会234
  「もういいわ、パンとサラダしかないけど食べて。」 テーブルの上には朝食が用意されていた。彼の下着を洗濯して朝食の準備までしていた。
 美紀はいつ寝たのだろう。この年齢ではもっと寝ていたいだろうに…。それは彼女にとって何の得もないのに…。良は目頭(めがしら)が熱くなった。
  「今度は泣き虫部長さん…」 美紀は良の変化を見逃さなかった。

 美津子との再会235
  「紺野君、なぜ?なぜ、ここまでやってくれるんだ?」
  「良いじゃないですか?そんなこと、どうだって。早く食べて、先に会社に行って下さい。後から私たちは行きます。」 美紀の献身的な優しさに、良はさらに目を潤(うる)ませた。
  「部長が泣いちゃダメ!私たち女子社員の憧れの的ですから…。イメージを壊さないで下さい。泣き虫部長さん。」−美紀の言葉に、ずっと昔にあった記憶がまたしても脳裏に浮かびそうになっては消えた。

     恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 美津子との再会236
  あの夜の出来事からも恵理も美紀も良に今までと変わらぬ接し方だった。良は安心した反面、テキパキ仕事をこなす恵理に物足りなさをも感じていた。
 それは明らかに矛盾する願望であった。自分勝手な望みに、良は自分自身で反省せざるを得なかった。
 「そろそろ部長…連れて行ってくれる頃です…」 両手をオーバーに擦(す)りながら美紀がやってきた。周りの部下は大笑いしている。
  「また大食漢に捕(つか)まったな。相変わらず人がいいなぁ、部長は。」

 美津子との再会237
  「私に任せればバッチリ!」 舌をペロッと出して、恵理にオーケーのサインをオーバーに送った。
 「この間の貸しもあるし、豪華なものがたべたいなぁ。寿司は美味しいだろうなぁ。」 会社を出ると、美紀が独り言でも言うように、さりげなくつぶやいている。
  「もう勘弁してくれ。分かったよ。紺野君には勝てない。」
  「でしょ。」 彼は財布の中を確認した。「寿司 瀬戸」は一般の寿司屋の二、三倍はする店であった。また、それだけの価値は十分あった。

 美津子との再会238
 「美紀止めようよ、お寿司屋さん。部長の行きつけは高いお店でしょ?それに部長は全部自腹で会社の交際費を使わない人だから…」
  「いいの、いいの、部長は太っ腹だものね。たまには無理をしてもらわなくちゃ、ね。」 良は自分の腹周りを見て、
 「太っ腹だって、皮肉か?紺野君。」
 「はい、それもあります。」 彼らは「寿司屋 瀬戸」に入った。
 「アッ?」−カウンターに美津子がいた。

 美津子との再会239
  「先日はありがとうございました。」
 「いえいえ、お粗末でした。」
  「両手に花で、いいですこと。」 二人は儀礼的に挨拶を交わした。良の部下だと感じた美津子は、それ以上彼らに声をかけなかった。
 彼らは一つだけあるテーブル席に通された。恵理と美紀の席から美津子の横顔が見えた。
  「とても上品で綺麗な人ですね、部長。」 「ああ、そうだね。」

 美津子との再会240
  「それより鈴木君,ネタケースの中を見たかね?」
 「いいえ、見ていません。」
 「トロを何本も置いている店は少ないよ。確か四、五本あったはずだ。トロがなくなったところで閉店にするようだ。私も色んな店で食べるが、この店のトロは本物だ。口の中でとろけるからねぇ。」
 「わぁ、お腹一杯食べた〜い。」 美紀は食べる気満々になっている。
 「それは勘弁してくれ。トロだけを食べないでくれ。」
 「な〜んだ、つまらない…」

 次のページへ(241〜250) 

        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

                         トップページへ  追憶の旅トップへ

カウンタ