連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

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 恵理はさも可笑しそうにゲラゲラ大笑いしている。彼女は美紀がそういう人間ではないことを先刻承知しているのだ。
 良はママに適当に握ってくれるように頼んでいた。彼の好きな物は知り尽くしている。
  「美味しい!柔らかくて、口の中でとろけそう。こんな穴子を今まで食べたことはありません。」  店によっては臭う穴子もある。いい穴子を丁寧に料理すれば美味しくないわけはない。

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 貝類も東北から空輸したネタを使っていた。大粒のアワビも常に置いていた。昔堅気(むかしかたぎ)の大将は決してネタをケチらなかった。
 ネタが小さくなりつつある昨今、他の店のゆうに二倍は超えるだろう。それぞれ一人前食べた後、
 「好きな物を注文しなさい。」
  「もちろん、トロ、アワビ、穴子それに〜」 「私も同じです。」
 「オイオイ!」
  「お先に失礼します。」 そのとき美津子が軽く会釈した。 良も慌てて頭を下げた。

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  「綺麗な人。私てっきり芸能人かと思ったわ。」
 「肌が透き通るように白くて、それに上品。女から見ても惚れ惚れする。」 恵理と美紀は口々に思ったことを言っている。
  「部長、どんなお知り合いですか?」−恵理がじっと良を見据(みす)えた。 良は答えに詰(つ)まった。
  「…昔からの友人でね…」−一途な恵理はそれでも納得していないようであった。
 「大学時代から?」

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  「恵理、もういいでしょ。部長だって色んな人と繋(つな)がりがある。それよりアワビが美味しいわよ。」  何かを悟った美紀が助け船を出した。勘が鋭く頭の良い子だった。
 何かを思いつめたように恵理は寡黙(かもく)になった。
  「…美津子さん…」 恵理がつぶやいたが、良はわざと聞こえないふりをした。
  「…とっても綺麗な人…美津子さんって…」  恵理は言葉を詰まらせた。

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 今まで楽しかった空気が一変し、気まずい雰囲気が漂(ただよ)った。
  「恵理、いい加減にしなさい!ずっと昔のことでしょ。部長にもいろいろあるわよ。四十も過ぎれば当り前じゃない!」
  「あなただってたぶんキスをした人もいるでしょ。恵理だってその人のこと好きだったからでしょ。」 恵理は答えられなかった。
 美紀の指摘は当たっていたのだろう。 美紀の機転に良は救われた。

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  「恵理だってその人のこと好きだったからでしょ。」−美紀に暴露された恥ずかしさに下を向いた。 その後、上目遣いに彼に謝っているようにも見えた。
  「私もアワビ食べるっ、美紀、とっても美味しそうだったから。」 普段の明るい恵理に戻っていた。いや、必死にそうしようと努めていたのだろうか?
  「歯ごたえがある〜」
  「寿司屋の中には水につけてふやけさせ、量を増やすところもある。「瀬戸」は絶対にそういうことをしないから。」

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  「このお店、中年のお客さんが多いみたい。」
  「若い人にはちょっと無理だろうね、鈴木君。私もたまに背伸びして来ている。今日は誰かさんに脅迫(きょうはく)されたから仕方なく…」
  「誰か部長を脅迫しました?悪い人がいるものですね。会ったら私が懲(こ)らしめて置きましょう。」 美紀は涼しい顔をしている。
  「ごめんなさい、この前私が酔っ払っちゃたから…」

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  「何が幸せで、何が不幸か分からないですね、部長。」
  「そうだね、君の幸せは私の不幸。」
  「何ですか!こんな若くて美しい女性に囲まれてお寿司を食べられるオヤジは世間にはザラにないです。私たちの幸せは部長の幸せでしょ。み〜んなハッピー。」
  「あ〜あ、オヤジにされちゃった。ところで、鈴木君、二人の美人とは誰のこと?どこにも見当たらないようだけど。」

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  「やはり部長はオヤジですねぇ、目まで悪くなっている。」 恵理はゲラゲラ笑っている。あらためて美紀の機転に驚かざるを得なかった。座は一転して明るくなった。
  「今度は私が常務にたかろうかな?」
  「えっ、あの頑固で屁理屈(へりくつ)の多い常務に?」 美紀は誰でも容赦(ようしゃ)しない。
  「あんな頑固ジジイと飲んでも、面白くも何ともないでしょう?」

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  「会社で部下に見せる顔とまったく違うから、君たちには理解できないだろうな。」
  「信じられな〜い!飲む時の常務はどんな方です?」 若い二人は口を揃えた。
  「ああ見えて豪傑でね、愉快な人だよ。その上高級クラブを三軒の梯子(はしご)。入社して間もないとき連れて行ったもらったクラブで、私は大恥をかいたことがある。」
  「どんな?
 「まあ、いいじゃないか。」 良は焦(あせ)った。

 BN(251〜260)

        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良 

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