連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会251
  「また、いつものパターン。部長は都合が悪い時はいつもそう、『まあ、いいじゃないか』次に言うのが『勘弁してくれ』」
 「紺野君にはかなわない。勘弁してくれと言えなくなったじゃないか。」
  「ぜひ話して下さい。」 恵理が美紀の後を押した。
  「若気の至りで恥ずかしい話だから…君たちが聞いたら、私をバカにするに決まっている…」
  「そこまで言ったのだから言いなさいよ。」 美紀はため口になっている。

 美津子との再会252
  「…いいか、ずっと昔のことだよ…」 二人は固唾(かたず)を飲んで聞いている。
  「そんなに真剣な顔をするなよ。言いづらくなるじゃないか。」
  「いいから、続けて!」 美紀は完全に上から目線になっている。
  「常務に連れられて、ある高級クラブに入った。その店は私なんかとても入れない店でね。」
  「それで。」
 「酒に強くない私がその日は常務にさんざん飲まされていた。それもあって…」

 美津子との再会253
  「やはり止めるよ、この話。」
 「ダメ!ねぇ、恵理。絶対ダメよねぇ。」
  「それもあって、店の女の子の胸を触りまくった。」
  「キャー、エッチ、スケベ―!」 二人は良をはやしたてた。
  「それで…その後は?」 美紀は追求を止めない。
  「『うちはそういう店ではありません』って店の女の子にひどく怒られて…」
  「続けて!」 良は若い二人に見下されている。

 美津子との再会254
  「常務はそのとき『柳原、もっとやれ!』と笑いながらおっしゃった。ションボリした私の背中を叩(たた)いて、『君と飲むと面白いねぇ。』って…それだけ。おしまい!」
  「常務が豪傑(ごうけつ)だと、私はつくづく思ったね。そうだろう?」
  「よ〜くわかりました、部長が若い時からドスケベ―だったこと。」 美紀は憎まれ口を叩(たた)いた。
 「おい、違うだろう?常務が豪快だという話だろう?」
  「部長は若いときからエッチだったの?」
 アルコールの勢いだろうか、恵理までもが良をからかった。

 美津子との再会255
  「負けそうだ、このあたりで退散するか。」 彼らは「瀬戸」を出た。
  「私、先に帰ります。部長、恵理を送って下さい。」 良と二人きりの時間を欲しがっているだろうと、美紀は恵理を気遣(きづか)った。 彼らは恵理の家の近くの公園まで歩いた。 美紀が去ったあとの恵理はほとんどしゃべらなかった。
  「どうした、鈴木君?」

 美津子との再会256
  「だって…。部長…私、誰とでもキスする女と思われたのでしょう?」 蚊の泣くような声だった。恵理はずっとそのことを気にかけていたのだ。
  「バッカだなぁ。君を見てそう思う人など誰もいない。」
  「部長も思ってない?」 「当たり前だろ。」
 「良かったぁ。」 恵理は胸をなでおろした。
  「…綺麗な人…美津子さん…とても私なんて…」 自分の問題が片付くと、最も彼女が気になっていたことを口にした。

 美津子との再会257
  「部長が思い続けたのも分かります…。あんな素敵な人…ずっと部長の人生そのものだったのでしょう?」 恵理の指摘する通りであった。やっと忘れていたその美津子が、突然良の前に現れて彼の心を乱したのだった。あの頃よりずっと美しくなって…。
 美津子を思い浮かべる度に今でもときめいた。彼女にどこか似ている女性にさえときめくこともあった。 良の目から涙が流れた。
  「ごめんなさい、部長。私が余計なことを言ったために…」  良は何も答えられなかった。
 「リョウ君…泣かないで、リョウ君…」

 美津子との再会258
  「でも、…でも…、私もリョウ君のこと好き…」 彼女は良を抱きしめた。遠い、遠い記憶が良に蘇(よみが)ろうとしていた。
  「部下に励まされている俺、それも自分を慕っている二十五歳の若い女の子に、しかも忘れられない女性のことで…、俺って一体何者なんだ!」
  「ごめんな、鈴木君。」
 「ううん、いいの、でも恵理と呼んで。」 良は涙が止まらなかった。

 美津子との再会259
 「リョウ君、泣かないで。」 ふと弥勒菩薩(みろくぼさつ)が脳裏に浮かんだ。そして理恵とオーバーラップした。オーバーラップの向こうにもう一つ薄い影が、かすかに浮かんでは消えた。しかし良にはそれが何か分からなかった。
  「リョウ君、今日はわたし家に帰らなくてもいいのよ。家には言っているから…」
  「ダメだ!それはダメだ!」 良は即座に否定した。
  「リョウ君好き、大好き!リョウ君が望むなら何でもあげる!」 恵理も泣いていた。

 美津子との再会260
  「恵理、大好きだよ!でも、君と私は上司と部下だ。超えてはならない線がある。」
  「恵理も分かっています。でも、でも…」  良は恵理の目に唇をそっと近づけ彼女の涙にキスした。恵理は抱きしめた腕にさらに力を込めた。
  「リョウ君好き、リョウ君大好き!」良の腕の中で恵理は何度も何度も囁(ささや)いた。良にはそれが夢か現(うつつ)かの区別さえつかなくなっていた。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良 

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