連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

            美津子からの電話

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 仕事中に携帯電話が鳴った。開くと美津子からだった。割烹「水無川」で食事したときお互いに教えていたのだ。
  「リョウ、今日空いている?」
 「ああ、空いているよ。」
 「一緒に食事しない。」  美津子から誘うのは初めてだった。彼女から今まで一度も誘ったことはなかったのだ。
  近くの席の恵理が聞き耳を立てている。彼の話しぶりで電話の相手が親しい人と分かったようだ。

 美津子との再会262
 「部長、今日はお出かけですか?」 「ああ。」
 「ずいぶん親しい方のようですね。」 「うん、まあ。」 良は曖昧(あいまい)に答えた。
 恵理は何かを感じたようだったがそれ以上は聞かなかった。 勘が鋭く頭のいい恵理だったが、会社の中では私情を持ち込まない子だった。
  「部長を逮捕しようとやってきました。部長は男子社員ばっかり誘って、女子社員は二カ月に一度くらい。これでは男女差別です。今日は逮捕します。」美紀が勢い込んでやってきた。
「ごめん、今日は先約があってね。」

 美津子との再会263
  「部長は今日約束があるみたい…」 恵理の言葉には力がなかった。何かを悟ったのだろう、
 「残念!恵理、私のアパートで二人っきりで飲もう!冷たい人は無視、無視!」 良は二人にかまわず会社を出た。
  「今日は遠くへ行きたいわ。」美津子から希望を言うのも初めてだった。 彼は近くのレンタカーを借りた。
  「何かあったのかい?」
 「ううん、何もないわ。どうして?」
  「君から誘ったのは今まで一度もなかったから…」
 「そうだったかしら?」 美津子は記憶をたどっていたようだった。

 美津子との再会264
 横で運転する彼の太腿に彼女の手が置かれた。それはいつもの癖のように、さりげなく自然であった。
 「夫にもするのだろうか?」 良は軽いジェラシーを覚えた。
 「リョウ、どうしたの?何か怒ってるみたい?急に私が電話したから?いけなかったかしら?」
  「君はいつもそのように、ご主人に手を乗せるのかい?」
 「リョウのバーカ、ヤキモチ焼いているの。主人にそんなことするわけないじゃない。でも、嬉しいわ、リョウがヤキモチ焼いてくれて…。」

 美津子との再会265
 美津子はずっと良の横顔を見つめている。
  「リョウといるとあの頃と同じ気持ちになれるの。リョウ、おかしい?こんなおばさんが…」
  「ミツコはおばさんじゃない!いつまでも若くて素敵で…」
  「お世辞でも嬉しいッ!」 二十年前にタイムスリップしたかのようだった。
  「俺がときどき顔を出す店でいい。」
  「リョウの行きたいところだったらどこでもいい。」
  二十年前と同じであった。

 美津子との再会266
  「あの夏の日のこと覚えている?」「何だっけ?」
 「私の家に泊まった日のこと。」 「覚えているさ、一生忘れない思い出だよ。」
 「大胆だったわ、リョウはあの日。」 それは彼女の両親が旅行に出かけて、家には誰もいなかった。彼女一人が数日間留守をしていた。良は両親の留守を狙って彼女の家に一泊したのだ。
  「ミツコと何を話したかはまったく覚えていない。でも、…」
 「でも?な〜に?」

 美津子との再会267
  「俺がシャワーを浴びている間、君は『エリーゼのために』を弾いてくれた。俺の大好きな曲を…。」
 「リョウがあの曲を好きなこと知っていたから…」
  「シャワーを浴びながら聞いたミツコのピアノの音が今でも耳に残っている。君らしい優しい弾き方だった。」
  「リョウのために心を込めて弾いたのよ。たった一人のために弾いたのはあのときだけ…」
 彼の耳に美津子の弾くピアノの優しい音が蘇(よみがえ)ったような錯覚を覚えた。

 美津子との再会268
  彼が部屋に戻るとそこには布団が敷いてあった。パジャマの姿の美津子はチラッと彼を見た。その後は横を向いたままだった。
  冷たい水を飲んだ後、彼は布団に横たわった。美津子は良の枕元にずっと座って、上から彼を見つめていた。
 彼が手を伸ばすと座ったまま目を閉じて顔を近づけ、長いキスを交わした。苦しい姿勢をさけるように、キスのあと彼の横に横たわった。

 美津子との再会269
 身を固くしている美津子を抱きしめた。美津子への思いが今まで以上に募(つの)った。恥ずかしがる美津子からパジャマをすべて脱がせた。下には何もつけていなかった。
 均整の取れた美津子の透き通るように白い肌がすべて露(あら)わになった。健康的な美津子の肢体が蛍光灯に映えた。
 良にはミロのビーナスのようにまぶしかった。小ぶりだけど形のいい乳房が良の唇を求めていた。

 美津子との再会270
  「恥ずかしい、小さいから…」 彼は夢中であった。
  「リョウ、見ないで…リョウ、見ないで…」 彼女は腕の中で訴え続けた。
 経験の少ない二人のセックスは堅さとたどたどしさがあったが、彼女はすべて良に身をゆだねていた。
  「…リョウ好き、リョウ大好き…」 自分が何を口走っているのか、余裕のない美津子にも分からなかったかもしれない。
 美津子の身体からは微かな少女の香りがした。それは彼女の家で使っている浴用石鹸の香りであった。二人はその夜、愛し続けた。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良 

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