連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い6 通算321
  「佐藤さんは?」
 「わたし?わたしは甘いのが好き。砂糖をたくさん入れるの。ところでリョウ君。わたしのこと千晴(ちはる)と呼んでくれない。佐藤さんと呼ばれると距離を感じるんだけど…」
 「分かった。でも君は千晴(ちはる)というよりキャピキャピしているから、キャピと呼ぶよ。」良の反撃だった。
  「ひど 〜い、リョウ君はひど 〜い。わたし、こう見えても本当は大人しいの。ホントよ。」 二人は中学生のように車の中ではしゃいだ。

 千晴との出会い7 通算322
  車を降りると、それが当然のように千晴(ちはる)は手をつないできた。
 「男の人と手をつないだのは高校生の時以来だから、嬉しい!」
 彼女の話は、どこまでが本当で、どこまでウソか良には見分けがつかなかった。
 「高校の学園祭以来、男の人の手を握ったことないもん。だって、わたし、イヤなことはイヤだもん。」 厳しい内容をさりげなく話す千晴。実にあっけらかんとした子だった。
 しかし、二人で歩くと周りは振り返った。千晴(ちはる)は周りから浮くほどかわいかった。

 千晴との出会い8 通算323
 良は戸惑っていた。決して忘れることのできない美津子と千晴(ちはる)がまるで違っていたからだった。良が初めて手を握ったとき、恥ずかしそうにそっと握り返した美津子だった。
  「アイスクリーム食べよっ、リョウ君。喉(のど)が渇いちゃった。」 動物園を半周したときに見つけた売店に千晴は走った。
  「はい、リョウ君。」「ありがとう、キャピ。」 抹茶のアイスクリームだった。
 「キャピはやめて!何か変じゃない?」
 「じゃ、キャピーにしようかな?」

 千晴との出会い9 通算324
  「キャピー?キャピ同じような気もするけど…。でも、それならキャピより少しだけかわいいかなぁ?」
  「リョウ君、ちょっと呼んでみて。キャピーと呼んでみて。」
 「キャピー。」「もう一度。」
 「キャピー。」「何かしっくり来ないなぁ。」 しきりに自分でも口にしては首をかしげている。
 「ハッ、ハッ、ハッ!」リョウは思わず吹き出してしまった。彼につられたのか千晴(ちはる)も声を立てて笑った。
 笑窪(えくぼ)が浮かぶと千晴(ちはる)の可愛さは一段と増した。

 千晴との出会い10 通算325
  「美味しい?今朝、五時に起きて作ったの。二人で食べようと思って。」千晴は遠足感覚だった。
 「美味しいよ、女性の手作りのサンドイッチ食べたことないなぁ。思い出そうとしても母の作ったものしか思い出せない。」
  「ホント?リョウ君ってモテそうだから、そんなことないんじゃない。」
  「本当だよ。キャピーのサンドイッチが初めて…」
  「じゃ、初体験ね。」 言った後、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 千晴との出会い11 通算326
  「リョウ君は、もちろん今までに恋をしたことあるでしょう?」
 「当然あるさ。」
 「どんな女性?」 千晴は遠慮なく聞いた。美津子の記憶が鮮明に脳裏に蘇(よみがえ)った。千晴の存在が一瞬目の前から消えた。彼は思いつめる表情になった。
  「どうしたの?リョウ君。わたし、聞いてはいけないことを聞いてしまったようね。ごめんなさい。」
  「誰にも話したくないんだ。」 話せば自分自身の弱さとコンプレックスに触れざるを得ない。

 千晴との出会い12 通算327
  「リョウ君は変な人。特別にハンサムでもカッコ良くもないのに何か魅力があるの。「広松」で出会った後、思い出そうとしたけど、どうしても顔が思い浮かばない。それなのに何か惹きつける。」
  「僕の顔はそんなに平凡?」
 「平凡そのものよ!」 言った後で舌をペロッと出した。
  「リョウ君って仕事できるでしょ。できる人が持っている独特のムードがあるから分かる。誰でもそういうでしょ、リョウ君を見ると。」

 千晴との出会い13 通算328
  「それは君の買いかぶりだ。何もかも人並み。逆に、君のこと聞いてもいい?」 仕事話題に変えてくれたので安堵(あんど)した。
  「変なことはイヤよ。」
 「恋をしたことある?」
 「…一度もないの…」 彼女は寂しそうにうつむいた。
 「ウゾだ、それは絶対ウソに決まっている。」
  「絶対、絶対、ホントです!」 彼女は言い切った。
 「君のような美人を、周りの男性が放っておくはずがない。」
  「…リョウ君までそういうこというの…リョウ君まで…」 活発な彼女が黙り込んだ。じっと唇を噛(か)んでいる。

        美しいゆえにに悩むキャピー
 千晴との出会い14 通算329
  「俺、悪いこと言った?」
  「ううん、でも…リョウ君だけにはそんな見方をして欲しくなかった…」 彼女が何を言っているのか、良にはまったく見当もつかなかった。
  「君のような美人を周りの男性が放っておくはずがない。」−世間の褒(ほ)め言葉が彼女にとって苦痛であるとは思いもよらなかったのだ。
  「キャピー、良かったら話して。俺には多分理解できないだろうと思うけど…」

 千晴との出会い15 通算330
  「リョウ君、これは決して自惚(うぬぼ)れじゃないのよ。誤解しないでね。絶対に誤解しないでね。」
 「昔からわたしのことを好きだ、と言ってくれる男性は何人もいたわ。でも、それは、本当のわたしを知ってから好きになってくれているんじゃない。わたしの容姿が好きなだけ…わたしの表面が好きなだけ…。本当のわたしを知りもしないのに!わたしはずっと感じていた。」
 今までの思いを吐き出すかのように、彼女は話した。
  「それが重なって逆に男性不信に陥(おちい)ったの。」

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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