連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い66 通算381
 美津子と別れて二年の歳月は良にとって短かった。あの別れを告げた日のことが常に鮮明に残っていた。
 しかし、一方では美津子と正反対の千晴に惹かれつつある自分を感じていた。千晴の意識的か無意識か判別できない天真爛漫(てんしんらんまん)さが、彼を翻弄(ほんろう)しているようでもあった。
  「女は好きな人の行くところならどこでもいい。」−美津子だからと信じていた考えが、千晴の言葉によって揺らぎ始めたのであった。

  千晴との出会い67 通算382
  「来週の日曜日は、どこに連れて行ってくれるの?」 別れ際に念を押した千晴。
 「会うまい。いや、会ってはいけない。」 と思っても、結局会うだろう自分であることも分かっていた。
  目を閉じると、美津子と千晴の顔がオーバーラップした。今まで美津子と弥勒菩薩(みろくぼさつ)の二重写しが次第に変わっていた。
  豊かな膨(ふく)らみに手を触れたときの、千晴の悦びの声も鮮やかに耳に残っていた。

   手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 千晴との出会い68 通算383
  「キャピーどこへ行く?」
 「リョウ君の行きたいところならどこでもいい。」 二年前の美津子との会話のコピーのような始まりであった。
 ただ、違うのは「リョウ君、朝の挨拶は?」 とキスのおねだりをすることだけだった。
  「ご両親には何と言って出かけるの?」
  「彼とデート、と本当のことを言っているわ。だって隠すことないでしょ。」
  「毎週出かけて心配しない?」

  千晴との出会い69 通算384
  「パパは少し心配しているけど、ママは不思議がっているの。」
 「どうして?」
  「キャピキャピして色気のない千晴に本当に彼ができたの、って、信じてないの。」
  「彼が私をキャピーと呼んでいると言うと、大笑いして『良くあなたのことを見ている』ですって。失礼でしょ。」
 「あなたのことを話すと『家に一度連れて来て』とうるさいの。」
  「ママが特にリョウ君に興味があるみたい。」

 千晴との出会い70 通算385
  「俺のどんなことを言ったんだ。俺、困るよ。」
  「超グルメと言っただけよ。」
 「俺はグルメなんかじゃない。安サラリーマンだし、お金もないし。」
 「リョウ君は幼いときから良い物食べたでしょ。それで味覚が発達したのよ、きっと。」
 「親父も安サラリーマンだからそんなに良い物を食べてないよ。」
  「ママは料理が得意だから、きっとリョウ君に食べてもらいたいのよ。美味しいと言ってもらえる自信があるみたい。」

 千晴との出会い71 通算386
 千晴は盛んに家に遊びに来るように勧めた。しかし、それは彼には気が重かった。結婚適齢期に迫っている彼女の家に行けば、家族にその対象に見られるからである。
 彼は結婚などまだ考えてもいなかった。というより美津子の幻影(げんえい)にずっと縛(しば)られていたからだった。
  「リョウ君イヤなのね、私の家に来るの。」
 「そんなわけじゃないけど…。何か気が進まない…。」
  「ママはがっかりするわ、きっと。」 それ以上彼女は強要しなかった。

 千晴との出会い72 通算387
  「お昼はうどんでいい?」
  「リョウ君のことだから美味しいお店を知っているのでしょ。」
  「君の口に合うかどうか分からないけど、俺の大好きな店がある。ぜひ君を連れて行きたくて。」
 「ホント?うれしいなぁ、リョウ君がそんな風に思ってくれているなんて…。」
 「 手打ちうどん 玉の家(たまのや)」はお昼前なのに、三、四十ある客席の半分は埋まっていた。
  「大変な人気店なのね。知らなかったわ、このお店。」

 千晴との出会い73 通算388
  「何を食べたい?」
 「リョウ君と同じものが食べたい。」 彼はこの店では冬でも「冷やしぶっかけうどん」を食べた。麺の上にカツオの削り節と天カスと生姜(しょうが)が載せられレモンが添えてある。ダシをその上にかけて食べるのだ。
 ダシとカツオの削り節、天カスとレモンの酸味が渾然一体(こんぜんいったい)となっている。手打ちうどんのツヤとコシも群を抜いている。夏と冬では麺の太さを少し変えてダシの乗りを工夫していた。

 千晴との出会い74 通算389
  「今日は話しながら食べていいよ、蕎麦と違うから…。食べている間に少し麺が延びる店もあるけど、ここの麺は大丈夫。絶対にのびない。」
  「お餅みたいね。柔らかくてコシがあるのね。手打ちうどんは堅いものと思っていたけど違うのね。信じられな〜い。」 千晴にとって初めての経験のようだった。
  「それに麺が輝いているような…。凄いわ、パパやママにも教えてあげよう。」

 千晴との出会い75 通算390
  「うどんの本場の讃岐でも何軒か食べ歩いたことがあるが、決して負けていない。讃岐の店の中には人気に胡坐(あぐら)をかいているところもある。
 それに讃岐の人は塩味が好きなのだろうか、少し塩からく感じる店もある。まぁ、味覚はその地域に根付いた文化だから、好みが違うのだろう。」
  「ふ 〜ん、リョウ君は何でも知っているのね。感心しちゃったぁ。」
  「君の好きなレロレロも知っているしぃ。」
  「バ 〜カ、リョウ君のバ 〜カ。知らない!」

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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