連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い86 通算401
 千晴は取り乱していた。別れにまでなるとは思っていなかったようだった。良の中に潜(ひそ)む美津子の幻影の大きさにあらためて思い知らされたのだろう。
  「リョウ君ごめんなさい。私がわがままだったの。ごめんなさい。ごめんなさい。」 彼女はひれ伏さんばかりに良に許しを乞(こ)うた。
  「君は少しも悪くない。悪いのは俺だ。君の言う通りだ。俺は美津子の幻影の奴隷なんだ。」

千晴との出会い 87 通算402
  「今後、広松食堂であったら笑って挨拶しようね。」
  「ヤダ!絶対にイヤ!そんなこと言わないで!お願いだから言わないで!」
  「君が言うようにすべて美津子につながっていく。俺は過去に縛(しば)られた奴隷。」 良は道路の傍(かたわ)らに車を止めた。彼の目からは涙も流れた。
  「おれ自身どうしようもないんだ。憎しみだけが命で生きているんだ。」
  「ごめんなさい。ごめんなさい。リョウ君の心の深い傷に触れてしまったのね、わたし。」

 千晴との出会い88 通算403
 「触れた君は悪くない。いつまでも美津子との過去に生きている俺が悪いのは分かっている。でも、でも…どうしようもないんだ…」
  「可哀想なリョウ君、私のリョウ君…泣かないで…お願い、泣かないで…」
 「今後、俺に近づかないで…。君を傷つけるだけだから…。」
  「ヤダ!絶対イヤダ!傷ついてもいい。わたし、わたし、リョウ君の傍(そば)に居たいの。リョウ君がいない生活を思い浮かべただけで…」

 千晴との出会い89 通算404
 ふと「グラシェラ・スサーナ」の「サバの女王」が思い起こされた。
 ……私はあなたの 愛の奴隷 命も真心も あげていたいの 
     あなたがいないと 生きる力も 失われていく 砂時計… 
 美津子とのあの別れの日に耳に入った夢と現(うつつ)の間(はざま)で聞こえた曲だった。  美津子が良を愛の奴隷にしたように、今度は良が千晴を愛の奴隷にしつつあるのではないかと慄(おのの)いた。

 千晴との出会い90 通算405
  「リョウ君、私のこと嫌いなの?教えて、お願い!」
 「違うんだ!好きなんだ、君を知れば知るほど大好きになって行く。でも、美津子の奴隷から逃れられないんだ。」
  「お願い、リョウ君が私を嫌いになるまで…それまででいいの…別れるなんて言わないで…。」
  「わたしを、わたしを…リョウ君がわたしを嫌いになったら…わたし、わたし、その時は諦めるから…。」
  「その時は、今よりもっともっと君は傷つく。俺はそれに耐えられない。」
  「いいの、もっと傷ついてもいい…だから…別れるなんて言わないで!」

 千晴との出会い91 通算406
 「キャピー、もういい、何も言わなくていい…。」 良は彼女を抱きしめて唇を塞(ふさ)いだ。 助手席の苦しい姿勢で身を乗り出して、千晴の方から積極的に彼の唇を吸ってきた。千晴が初めて見せた激情だった。
  「好きだよ、キャピー。大好きだよ、キャピー。」
  「リョウ君…リョウ君…リョウ君…。」 うわ言のように二人はささやき続けた。
  良は感じていた。嫌いになるまでと約束しても、その時は千晴にとって、もっともっと地獄が来るであろうことを…。

 千晴との出会い92 通算407
 良は車を走らせた。行く当てもないドライブだった。千晴は片時も良を離すまいとするかのように、彼の太腿(ふともも)を右手でつかんでいた。先週とは逆の方向に向かった。
 郊外を過ぎると小さな山が見えた。彼は何も考えずにその山を目指した。二人は沈黙したままであった。
  「リョウ君…」 優しく柔和(にゅうわ)な声であった。「ん?」
  「どこへ行っているの?」
 「分からない…。ただ運転しているだけ…。」
  「…いま、どの辺り…。」
 「まったく分からない。俺、方向音痴だから。」

 千晴との出会い93 通算408
  「二人っきりになりたい。誰にも邪魔されないところに行きたい。」「そうだね。」
 ラブホテルらしき建物を通り過ぎたことを千晴は分かって言ったのだろうか?
  「リョウ君」「ん?」
 「さっきラブホテルがあったみたい。」「ふ 〜ん」  彼は気づかなかったふりをした。
  「二人っきりになりたいの…。次にあったら…。」 さすがにその先は言えなかった。

 千晴との出会い94 通算409
  「学生時代の友達は、入ったことがある人が多いの。」「ふ 〜ん。そうなんだ。」
  「どんなところなんだろうな?」 彼女は今の立場が不安で、別れない確信が欲しいのだろうか、盛んに良に誘い水を出した。しかし、自分の口からは言えないようであった。
  「キャピーも入ってみたい?」
 「リョウ君となら…。どこへでも行きたい。」 二人の間に暗黙の了解が生まれた。
 しばらく車を走らせると左手にラブホテルらしい建物が見えた。

 千晴との出会い95 通算410
 車を止めて部屋に入るまで、千晴はずっと良の手を握り締めていた。彼女の手のひらには、緊張で汗がにじんでいた。
 部屋は思ったより広くしかも清潔感があった。大きなベッドがいやおう無く二人の目に飛び込んだ。
 饒舌(じょうぜつ)で活発な千晴もさすがに黙り込んでいた。二人の間に淫靡(いんび)な空気が流れた。
 彼は黙って千晴の唇に自分のそれを重ねた。彼女は良にしがみついた。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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