連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

     恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」
 千晴との出会い156 通算471
  「部長に最後にご馳走して頂いてから、もう二、三年経つかしら?ねぇ、恵里。」 美紀が良に迫った。恵里はゲラゲラ笑っている。
  「また、君か?つい、二、三週間前じゃないか。急に入ったプロジェクトで忙しかったことくらい君も知っているだろう。」
  「それも今日終わったとか。今日は部長の慰労会も兼ねてどうですか?」
 「エッ、二人でご馳走してくれるのかい。それはいい。」
 「誰かご馳走すると言いました?」

 千晴との出会い157 通算472
  「部長、そのネクタイすごくセンスがいいですね。美紀からのプレゼント?」−恵理が盛んに褒(ほ)めた。
 「ああ、美人で誉(ほま)れ高い紺野という女性からのプレゼント。」
  「いま、どうおっしゃいました、部長。」
 「紺野という女性からのプレゼントと言った。」 「その前は?」
 「何と言ったかなぁ。覚えていないなぁ。」−恵理はゲラゲラ笑っている。
  彼らを連れて「蕎麦処 遠山」に来ていた。
 この店は二十年前には「蕎麦処 高野」だったが、今は店をそのまま引き継いだ若い蕎麦打ちの経営者に変わっていた。

 千晴との出会い158 通算473  
 彼らは出し巻き玉子と蒸篭蕎麦を頼んだ。良の決まったパターンだった。ビールを飲みながら食べる蕎麦屋のダシ巻き玉子は格別だった。
  「ダシ巻き玉子って、こんなに美味しかったなんて知らなかった。」 二人はしっかり味わいながら食べている。グルメで饒舌(じょうぜつ)な美紀も驚いている。
  蕎麦がくるとその白さにも彼らは驚いた。
  「早く食べなさい。」 良の言葉に慌てて蕎麦を食べ始めた。

 千晴との出会い159 通算474
  「麺を全部ダシにつけてはいけない。箸でつかんだ先の三分の一ほどダシにつけるだけだ。」
  「わぁ、美味しい!今まで食べていたお蕎麦は一体何だったのだろう、ねぇ、恵理。」
 「本当!お蕎麦の自然の甘みと香りがいい。」 二人は驚いている。
  「しゃべるな!黙って食べろ!蕎麦がのびる!」
 「こわ〜い。」 良の勢いに二人は黙った。

 千晴との出会い160 通算475
  「どうだった?蕎麦の感想は?」  「部長が怖かった。」 早速美紀が茶化した。
  「香りと甘みがまったく違います。驚きました。お蕎麦がこんなに美味しいなんて…。」 恵理は感激している。
 「色もずいぶん違っています。」
  「普通食べている蕎麦は蕎麦の実の殻(から)まで使っている。この店の蕎麦はそれを使っていない。」
  「喉越(のどごし)しも良かったような気がします。そば粉の割合も多いような…」 グルメの美紀はさすがに鋭い指摘をする。

 千晴との出会い161 通算476
 「この店ではそば粉が八で小麦粉が二の、いわゆる二八蕎麦。安い店の蕎麦は小麦粉の割合の方が多く、蕎麦風味のうどんと言った方がいいような蕎麦もある。」 二人は良の蘊蓄(うんちく)を感心した様子で聞いている。
  「この店のそば職人は、そばの世界では有名な人の弟子で、若いけど腕は確かだ。」
  「なぜ、部長は怖い顔をして急がせたの?」
  「蕎麦は一秒が勝負だから。うどんとはまったく違ってすぐにコシがなくなるからね。」
  「ふ〜ん。」 二人は知らない食の世界を垣間(かいま)見た様子だった。

 千晴との出会い162 通算477
 遠い昔にどこかであった会話であった。思い起こそうとしても出てこなかった。彼は記憶を少しずつたどった。
  「部長!」−美紀の声で我に返った。「ああ」
 「部長、心ここにあらず、です。自分の世界に入っていませんか?」
  「部長は、まだ何かを隠していますね?」 相変わらず勘のいい美紀は良に迫った。
 「この店は以前何という名前だったかをずっと考えていたんだ。どうも思い出せなくてねぇ。」

 千晴との出会い163 通算478
  「部長にはきっと隠しごとがある。浮気は許さないからね。」 美紀の言葉に鮮明に記憶が蘇(よみが)った。
 千晴と来た店だった。彼女と同じように話したことが蘇(よみが)った。
 今まで美紀の言動に何かを感じていた良であったが、美紀と千晴が重なった。
 良はあらためて美紀を見つめた。良にとって消し去りたい過去が、昨日のことのように思い出された。

 千晴との出会い164 通算479
 二人の顔はまったく似ていない。しかし、千晴の背を数センチほど大きくしたスタイルが美紀だったのだ。
 何より似ているのはその性格だった。彼に献身的に尽くす姿は千晴そのものだった。
 彼はその巡(めぐ)りあわせに慄(おのの)いた。良はしばらく美紀を見つめていた。彼女の顔と千晴が彼の中で重なっていった。
 「千晴、ごめん。本当にごめん。」 彼は何度も心の中で謝った。見つめられた美紀は何かを感じたのだろうか、俯(うつむ)いてしまった。

 千晴との出会い165 通算480
  「部長…どうしたの…美紀と何かあったの?」 恵理は不安げに二人を見た。
  「何もない。ただ…。」 「ただ…?」
 「美津子と別れた後に…」 「何?教えて部長!」
 「誰かとこの店に来たことがある。その女性の性格が紺野君とそっくりだったんだ。」
  「部良はその人と付き合っていたの?」 恵理は悲しそうな表情で尋ねた。
  「いや、全然!」 彼は嫌いなウソをついた。
 「その女性が誰かずっと考えていた。遂に思いだしたぞ!ああ、すっきりした!」
  「バッカじゃない。そんなことを必死に考える人がいる?」 美紀が良を睨(にら)んだ。

 次のページへ(481〜490)

          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


カウンタ

                             トップページへ  追憶の旅トップへ