連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い236 通算551
 「もういいよ。分かったよ。俺は車の中で寝る。」 良は部屋を出ようとした。
 そのとき、突然千晴が背中に抱きついて必死に彼を止めようとした。
 別れを意識した良の強い決意を感じたのだろうか?外に出すまいとする気持ちが腕の力に込められていた。
 千晴は泣いていた。なぜ泣くのかも良は理解できなかった。
 「泣きたいのは俺の方だ。忘れようと必死に戦っているのに…。」

 千晴との出会い237 通算552  
 彼は千晴を振り切って出ようとすると、彼女から必死の形相で彼の唇に重ねてきた。自ら良の舌に絡(から)ませさらに彼の舌を吸い始めた。
 彼女が見せた初めての行為だった。それは愛の交換というような、優しい言葉では表現できない激情であった。
 彼も激情の波にのまれていった。優しい言葉も無かった。千晴は泣きながら、まるで獣(けもの)のように良の体を求めた。
 千晴はこのとき初めてオルガスムスを知ったのだった。

 千晴との出会い238 通算553  
 それまで性の喜びを知ってはいたが、身体が宙に浮き、自分がどこか違う世界に行きそうなほどの快感を初めて得たようだった。
 良は女の情念の激しさを生まれて初めて味わった。良と美津子との体の関係を想像していたのであろうか?
  今まで美津子は、あくまでも千晴が想像した抽象的な女性に過ぎなかった。それが現実に美津子を目にしたことによって、より具体的な嫉妬(しっと)になったのであろうか?それは良には分からなかった。

 千晴との出会い239 通算554  
 その夜は、ずっと彼女は沈黙を続けた。ただ、涙を流すだけであった。
 彼が引き寄せると素直に従うが、決して口をきくことはなかった。
 千晴の執念の強さをあらためて知った。 しかし、それは千晴への気持ちを薄れさせる結果となった。
 自分をひたむきに愛してくれている。それが嫉妬を生むのは重々理解できた。
 だが、それによって話しさえ拒否する執念は、逆に重荷に感じさせた。
 それが千晴との距離が始まるきっかけにもなっていった。

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 あの快活な千晴が翌日もほとんど口をきかなかった。 良には彼女の気持ちがわからなくなっていた。口を固く閉ざして、何かを思いつめているようであった。
 良を一途に愛し、それゆえに彼の過去までも得たい想いが、逆に良の心を離れさせていることに思い及ばないようであった。
 得ることに執着することが、失うという自己矛盾に陥(おちい)っていたのだ。得ようということは失うということであろうか。

 
       美紀と得意先に営業
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 「部長と仕事ができるなんて思いませんでした。」 美紀が嬉しそうに話しかけた。得意先との打ち合わせため、良は美紀を連れて行く必要があった。彼女の部門の細かい内容を説明させる必要があったのだ。
 その年の夏の暑さは異常であった。平均気温が35度にも達して、アスファルトの上では40度を超えていた。
 「暑い中を申し訳ない。君の部門の細かいことを質問されると、私には答えられないから…。」

 千晴との出会い242 通算557
 「部長と一緒に仕事ができるのが嬉しいです。恵理を羨(うらや)ましく思っていました。それに…。」  「それに何かね?」
 「仕事ができると評判の部長の仕事ぶりを見せて頂けるのも楽しみです。」
 「オイ、俺の人事評価をするつもりか?」
 「はい、しっかりさせて頂きます。あとで人事部長に報告させて頂きます。」
 ふと、彼と同期の人事部長の花村の顔が浮かんだ。
 美紀は彼のお気に入りだと噂(うわさ)されていた。

 千晴との出会い243 通算558
 「さすがに花村のお気に入りだ。」
 「止めて下さい、噂(うわさ)を流しているのは、まさか部長ではないでしょうね?」
 「社内では有名な話だ。さすがの堅物(かたぶつ)の花村も、美人で仕事ができる君の言うことならすべて信じるとの噂だ。」
 「そんなこと企業であるわけないでしょ。」 
 「もちろん。社員それを知っていて、面白可笑しく、花村をからかっているだけだ。」

 千晴との出会い244 通算559
 得意先の気難しそうな六十歳過ぎの役員を相手に、難なく商談をまとめた。相手の趣味の釣りの話をしながら、商談をまとめる手際良さに、美紀も驚いていた。
 逆に良も相手の質問にテキパキと笑みを浮かべて、役員を納得させる美紀の仕事ぶりに感心した。
 「良かったよ、大きな商談がまとまって。君のお陰だよ。」
 「仕事ができるとは聞いていましたが、あれほど鮮(あざやか)やかとは…。」

 千晴との出会い245 通算560
 「話が危うくなると、部長は釣りの話をしましたね。そのときのお客様の嬉しそうな顔ったら…。」
 「部長は釣りがお好きとはまったく知りませんでした。」
 「いやいや、本当はあまり好きじゃない。」
 「どうして釣りに詳しいのですか?」
 「今回のお得意様の趣味が釣りと聞いていたので、昨夜徹夜で勉強しただけ。」
 「そういう努力を…しかし、部長は知っていることを自分からはあまり話しませんでしたね。」 さすがに仕事の出来る子だった。見るべきところはしっかり見ている。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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