連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

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 「それに多くの店では生地を冷凍している。冷凍した生地は、わたしに言わせると死んでいる。だから端っこが膨(ふく)らまない。」
 「でも、ローマ風で、生地もそのとき延ばして、しかも石釜で焼いていても、真ん中がグニャと柔らかいものがあります。わたし、今までそれが美味しいと思っていました。」
 「温度管理が良くないのだろう。特にピザの中央辺りの…。温度管理が悪ければどんな焼き方でもずいぶん落ちる。」

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 「生地と具が離れてしまうのは?」「具の量にもよるが、温度管理に尽きるだろうねぇ。わたしはシェフは名人だ、と思っている。」
 そのときシェフが挨拶に来た。場違いなほどの二人の美しさに一瞬呆然(ぼうぜん)としたようだった。
 「今日のピザはどうでした?」  二人は口々に美味しかったことを強調していた。
 他の席の三組の客がときどきこちらを盗み聞きしている。

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 どんなに腕があっても、気温と湿度によって左右されるらしい。見方によっては「たかがピザ、されどピザ」なのだ。
 「これなら毎日食べたいです。部長が毎日連れて来てくれるそうです。」
 「そんなこと言ってない、言ってない。」
 「そうだったかなぁ。」 シェフが独特の笑みをたたえた。
 「わたしたちには嬉しいけど、少し安すぎませんか?」 恵里も率直だった。

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 「競争が激しくて…。これでもまだ高いとおっしゃるお客さんもいます。」
 「いい物は高いのは常識なのに。手作りの本格的な料理と業者の冷凍物との区別のつかないお客さんが多いのでしょ。」 普段からいい物を食べている美紀の指摘は鋭かった。
「さぁ、わたしからは何とも申し上げられません。」
 「店内だけオシャレにして、出す料理はひどい店が増えているかなねぇ。」

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 「しかし、お客がそうさせている。内装一番、値段二番、料理は三番という社会風潮だからね。」  シェフも何かを考えているようだった。
 根っからの職人で商売人でないだけに、そういう社会風潮についていけないことを感じていたのだろうか?挨拶を済ませたシェフは厨房(ちゅうぼう)に戻った。
 「やはり、毎日でも食べたいな?部長、明日も来る?」  「美紀!」
  「ホントはもっとピザが食べたいくせにぃ。点数を上げるつもりでしょ。」

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 「美紀、止めて!そんな言い方…。」 恵里は顔を赤らめた。美紀は急に真顔になった。
 「恵里、聞いて欲しいことがあるの。わたしコソコソするのがイヤだから、恵里に言っておきたいの。」 美紀のいつになく真剣な表情に恵里は戸惑っていた。
 「あなたもうすうす感じていたと思うけど、わたしも部長が好き。」 良は美紀の率直さに度肝(どぎも)を抜かれた。
 恵里も予期せぬ告白に何を言ったらいいか答えに窮(きゅう)しているようであった。

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 「恵里も好きなことは分かっている。でも、どうにもならないの。恵里との友情がそれで切れるのなら仕方がない。」 
 美紀の強い決意に、恵理はじっ美紀を見つめた。微妙な沈黙が襲った。
 「…何となく分かっていた…でも、美紀はわたしのために…我慢していたのも…。美紀、わたしはあなたも好き…あなたみたいな人に今まで出会ったことがないの…。」
 「…選ぶのは部長だから仕方がない。そのときは…わたし…諦(あきら)める…。」 悲痛な表情だった

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 驚くべき展開に、良は戸惑うばかりだった。
 「部長が恵里を選んだときは、わたしもきっぱり引きさがる。」  二人の宣戦布告であり、友情の確認であった。
 激しい火花を飛ばしながら、一方ではどこか二人の間に安堵(あんど)の様子も窺(うかが)えた。それまで気付きながら、お互いに事実に目を背(そむ)けていたのだ。
  「…ホントは美紀の気持ちを一番知っていたのは、わたしだったかも…。」
 弱くて泣き崩れるとばかり感じていた恵里の言葉に、良はただ驚くばかりだった。女の強さをあらためて知らされた。

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 ただ、本当に良がどちらかを選んだとき、友情が崩(こわ)れる恐れも感じていた。
 「俺はまた罪を犯している。優柔不断(ゆうじゅうふだん)な結果が新たな問題を生んでいるのだ。」
 控えめでそれでいて芯をしっかり持った恵里。天真爛漫(らんまん)でともすれば良を翻弄(ほんろう)する美紀。
 二人の間(はざま)で揺れていた。家庭が実質的に崩壊(ほうかい)している良ではあったが、客観的に見ればどちらを選択しようとも不倫のそしりを免(まぬが)れなかった。

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 「俺は不倫ごっこの原因になっている。それは今まで培った二人の間の友情を壊すかもしれない。」
 良は自分自身の罪の深さに慄(おのの)いた。ただ、彼の置かれている立場はもっと不安定なものがあった。それは二人には言える状況ではなかった。
 「止めてくれ、二人とも。俺は君たちの友情を壊したくない。君たちは不倫になることを分かっているのか…。君たちにはもっとふさわしい青年がいる。」
 「それでもいい。」 先に明言したのは弱いと思っていた恵理であった。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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