連載小説 追憶の旅  「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫

 良の苦悩11 通算641
 「彼のことをわたしは知らないけど、彼はあなたの一途(いちず)な思いは伝わっていると思うの…。部長さんはどう思う?」 ママは良をじっと見つめた。
 「わたしもそう思う…。」  涙に濡(ぬ)れた目で恵理は良を見据(みす)えた。彼女の痛いほどの想いが込められていた。良が目をそらすまで恵理は目を離さなかった。
 「ホントに部長もそう思う?」
 「ああ、そう思うよ。」 俺はまた同じ間違いを犯(おか)そうとしている。−良は己(おのれ)の優柔不断(ゆうじゅうふだん)さを嫌悪(けんお)した。

 良の苦悩12 通算642
 「ホント?絶対にホントですか?」 念を押す恵理。ライバルの美紀の色気の魅力に負けそうな自分に不安が募るばかりのようだった。
 「わたし、このお店でまだお餅の入ったきんちゃくを頂いてないわ。お腹が空いていたことを思い出しちゃった。ビールも、もう少し頂いていい?」
 「いいけど酔っ払いは嫌いだからね。鈴木君。」
 「はい。」
 「ママさんとお話すると勇気が出る気がする。ママさん、好き。」

 良の苦悩13 通算643
 「ママも恵理ちゃんのこと好きよ。恋が成就(じょうじゅ)すればいいね。」
 「ありがとう、ママ。わたし頑張る。」 良には辛い会話だった。テキパキ仕事をこなす会社で見せる恵理と、良と二人でいる恵理と繋(つな)がらなかった。
 しかし、常に周りへの配慮を欠かさない恵理は、アルコールが入っていても変わらなかった。
 良の立場をどんなことをしても守ろうとする強い意思を感じずにはいられなかった。

 良の苦悩14 通算644
 水商売が長いママも、すべてを分かっていながら、決してそれには触れなかった。
  「ママ、不倫をどう思う?」 突然の質問にママは戸惑いを隠せないようだった。
  「…もちろん、いけないことでしょう。しかし、どうにもならない時ってあるかも…。」
 「ママはしたことありますか?」 単刀直入に聞いた。
 「さぁ、どうかしら?恵理ちゃん、女性にそういうことを聞いてはいけないのよ。」
 「ごめんなさい、ママ。わたし何も知らないから…。ごめんなさい…。」

 良の苦悩15 通算645
 「不倫は周りの人を傷つけるだけでなく、自分も傷つくものなの。でも、抑(おさ)えきれない時があるわ。好きになってはいけない人を、堪(たま)らなく好きになることだってあるでしょ…。」 ママは遠くを見つめた。
 それは遥(はる)か遠い何十年前を思い浮かべているようであった。
 「結婚なんて望んでいないの。その人の家庭を壊したくない。わたしは…その人の確かな気持ちが欲しいだけなの…。」

 良の苦悩16 通算646
 「…あなたはわたしの若い時と同じ…。一途でひたむきで…。」ママの目にも涙が溢(あふ)れていた。良はどうしていいか分からなかった。
 「部長さんはどう思う?」
 「不倫は絶対にしてはいけない。お互いに傷つくだけだ。」
 「あなたが万一、その対象だったらどう思う?」 ママは恵理に代わって良を追求した。
 「わたしだったら…?わたしはダメだ!軽い気持ちの不倫はできない。ずっといつまでも後をひくから…。」

 良の苦悩17 通算647
 「女はそういう人に弱いのよ。一夜の浮気をする人を望むのは、いつも不倫している人。自分をずっと愛してくれる人に魅かれるものなの。そう思わない?恵理ちゃん。」
 「はい、わたしもその通りだと思います。わたしの大好きな人も…一途な人です。」
 「その人はカッコイイ人?」 ママはわざと恵理に尋ねた。悪戯(いたずら)っぽい表情にそれが出ていた。
 「いいえ、でも魅力的です。誰でも虜(とりこ)にするような魅力的な人です。」

 良の苦悩18 通算648
 「そうなんだ、カッコ良くないんだ。」  ここまで話したとき、生真面目な恵理も、ママが良をからかっているのに気付いたようだった。
 「はい、ひどいです。まるで部長のようです。」
 「そうなの、それはひどい。グチャグチャじゃないの。」
 「はい、グチャグチャです。うふ。」
 「鈴木君、君の次回の人事評価は最低のEになる。覚悟しておくように…。」

 良の苦悩19 通算649
 「ひどい!じゃ、わたし言いふらします。柳原部長はカッコいいと言ってくれた部下の評価はあがり、グチャグチャと言ったら評価がEになるって…。うふ。」
 「それは困る。分かりました。わたしはグチャグチャです。これでいいでしょうか?」  ママの機転には驚かされた。深刻な話を笑いに変えたのだった。
 そこには彼女の頭の良さと水商売の経験の凄(すご)さを感じさせた。

 良の苦悩20 通算650
 「今夜は帰りたくない。ずっとリョウ君と居たい。」 せがむ恵理を家の近くまで送った。
 「リョウ君ハグして。」 抱きしめるとわざと豊かな胸を押しつけてきた。社内でも三本の指に入ると言われている美人の豊かな胸が良の腕の中で息づいていた。
 「キスして…リョウ君…。」  彼女の甘えた声が耳に快く響いた。唇を重ねると彼女から舌を絡めた。
 甘い香りが良の欲望を刺激してやまなかった。

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩


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