連載小説 追憶の旅     「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫

   (本文) 美津子との復活

 
 良の苦悩201 通算831
 美津子を抱きしめながら、 「こんな日が来るとは夢にも思わなかった…。ミツコは二十年前に、俺の目の前から消えてしまった…。当時の俺が、自分のことを何と言っていたか、君には分からないだろう…。」
 「何と言っていたの?」
 「…クソ犬…。」
 「えっ、リョウは…リョウは…。」
 「…それも、口癖のように…。」
 「…わたしが悪いのよ!わたしが悪いのよ!リョウと違う家に…わたしはそんな家に…生まれなければ良かったのよ…。」

 良の苦悩202 通算832
 「あんな家に生まれなければ…リョウはわたしにプロポーズしてくれたのよ…。わたしはリョウとなら、どんな苦労でもするのに…。」
 「悪いのは君じゃない。すべて俺のせいだ。俺のコンプレックスが…。今でも…ミツコが俺の腕の中で甘えている今でも…。」
 「なぜ?なぜなの?リョウだって、今は大企業の部長でしょ。…わたしには分からない。…リョウが分からない…。」

 良の苦悩203 通算833
 「君と俺とは住む世界が違うんだ。成り上がりの俺と、お嬢さんで育った君とは、根本的に立ち振る舞いがまったく違う。それを俺が一番良く分かっている。…。」
 「どうしたらいいの?わたし…。わたしがどうしたら、リョウにもっと近づけるの?」
 「俺が悪いんだ。もっと、俺が強かったら…。」
 「リョウの弱虫。リョウの泣き虫…、お願い!泣かないでリョウ。わたしのリョウ…。」
 「ミツコは上品だ。その上品さに惹かれた俺が、その上品さで…。」

 良の苦悩204 通算834  
 良の苦悩は矛盾していた。それを最も理解していたのも良であった。
 「泣かないでリョウ…。」
 どこかで聞いたことのある優しい声であった。
 「リョウ君、汗をかいたでしょ。わたしが背中を流してあげる。だから…泣かないで…。」 美津子が「リョウ君」と呼んだのは初めてだった。
 「リョウ君…。」涙を流している良の背中をかいた美津子。
 背中をかくと安心するのを、美津子はどこでそれを知ったのだろう?

 良の苦悩205 通算835
 「ョウ君」 「うん」
 「かわいい!」慈悲に満ちた声であった。 二十年前の記憶が鮮明に蘇った。あてもなく待ちを歩いた日々。じっとり汗ばむ夏の日も、彼らは気にならなかった。
 彼は夢と現(うつつ)の間(はざま)に彷徨(さまよ)っていた。
 「リョウ、お風呂用意するから待っててね。」 新婚の夫婦のような甘さが漂(ただよ)った。
 「俺がもっと強ければ美津子は妻となっていただろう。」−自分の弱さと美津子との境遇の違いを憎んだ日々が浮かんでは消えた。

 良の苦悩206 通算836
 「脱がせてあげる。リョウはじっとして…。」美津子はネクタイをはずした。その手つきはぎこちなかった。
 「ミツコ、ご主人の服を脱がせてあげてないのかい?」
 「当り前でしょ。でも、なぜそれが分かるの?」
 「手つきで分かるさ。」
 「リョウは相変わらず敏感ね。気付かない振りをしてみんな知っているんだもん。」彼女は彼のワイシャツ、下着と次々に彼の身につけいる衣服を脱がせた。

 良の苦悩207 通算837
 彼の最後の下着を脱がせる時、
 「ふふ、元気なこと。」
 「俺もミツコの…。」
 「恥ずかしいわ、リョウ。ダメよ…。」口では否定していたが、彼はそれを無視して実行に移すと、むしろ彼女の方から積極的に協力した。小ぶりではあるが形のいい乳房は昔のままだった。彼は軽く唇を触れた。
 「ア〜ン、リョウダメ、身体に力が入らなくなる…。」 最後の薄物に良の手がかかると、美津子は身体をよじった。

 良の苦悩208 通算838
 「見ないで、リョウ。」二十年前と同じような恥じらいを示した。彼女の下着には湿り気があった。
 二人は唇を合わせた。長い口づけだった。互いの下半身が強く触れていた。
 「もうダメ、とろけそう。」その反応は二十年前とは明らかな違いがあった。
 「悪戯(いたずら)しないで、リョウ、ダメだったら…。」口と身体の反応は明らかに違っていた。
 下半身を押しつけられると、美津子は白い大理石のような肌をよじたせた。

 良の苦悩209 通算839
 二人はそのままベッドに倒れ込んだ。
 「俺、歯止めが効かなくなる…。どうしたらいい?ミツコ…。」
 「リョウ…リョウ…。」彼女は彼の名前を呼び続けるだけであった。
 良は二十年間の思いをすべてぶつけるように、彼女の身体に舌を這わせた。美津子もその思いを全身で受け止めようとしていた。
 「ダメ!リョウ、そこはダメ!シャワーも浴びていないのに…。リョウ、ダメ!汚ないわ、リョウ、恥ずかしいわ…。」

 良の苦悩210 通算840
 「ア〜ン、ア〜ン、ハァ、ハァ…。」彼女は息苦しい程の快感の世界に漂っているようであった。 彼女は夢と現(うつつ)の間を彷徨(さまよ)っていたのであろうか?
 「リョウ、リョウ…。わたしのリョウ…。」途切れ途切れに彼の名前を呼ぶ美津子。 彼が美津子の身体を深く貫いたとき、押さえきれぬように大きな声を上げた。
 その反応は、二十年前の美津子と明らかに違っていた。痛みを耐えながら、良の喜ぶ顔を見たいために、彼を受け入れていただけの美津子とは…。

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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