連載小説 追憶の旅     「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫

          
(本文)  美紀と初めての夜
 良の苦悩261 通算891
 良はタクシーを拾って、美紀のマンションまで送った。
 「ごめんなさい。迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」美紀は良を見つめた。その瞳には良への深い慈(いつく)しみが感じられた。
 「謝らなければならないのは私の方だ。私の存在が周りを不幸にしている。考え直さなければならない時期が、本当にやってきたかも知れない…。」
 「イヤダ!リョウ君、絶対イヤダ!どこへも行かないで!お願い!」

 良の苦悩262 通算892
 良が今までの人生に終止符を打ち、新たな人生を歩みたがっているのを知っている美紀は、実行しかねない不安を感じているようだった。
 「美津子さんとセックスしてもいい。何をしてもいい。リョウ君の顔が…毎日見ることができるだけでいい…。わたしはそれだけでいいの…。」
 「…。」 娘ほど年の違う美紀が、彼を包んでいるようであった。
 「俺の存在が周りを不幸にしている…。俺さえいなければ…。」

 良の苦悩263 通算893
 「わたしだって…わたしだって…恵里以上に…耐えているのに…。美津子さんの虜(とりこ)…リョウ君は美津子さんの…。」
 ずっと今まで耐えていたのだろう、堰(せき)を切ったように感情が高ぶりを示した。
 「美津子さんでなければダメなの、わたしの体ではダメなの…。」
 「…。」
 何事にも献身的で耐える美紀の本来の姿を見る思いであった。
 「わたしとセックスしないことが…美津子さんへの…美津子さんへの操(みさお)なの?」

 良の苦悩264 通算894
 今までは彼のために、どこかに逃げ道を作ってくれていた美紀が、その余裕さえ失っていた。
 「俺は、俺は、ミツコともいずれ別れることになるような…。まったく、自分を知らないところで生きたいんだ…。」
 「イヤだ!わたし付いていく!どんなことが起きてもいい。リョウ君さえいればいい!」美紀は覚悟を決めているようであった。
 「美紀、俺は業(ごう)の深い人間だ。君に愛される資格はない。君に出会わなければ良かったんだ。」

 良の苦悩265 通算895
 「君に出会ったために、君を傷つけることになってしまった。許して欲しい、美紀。」
 遠い記憶が呼び覚まされた。それは千晴との記憶であった。同じような別れが一歩、一歩近づいているように思われてならなかった。
 「リョウ君、わたしはあなたを離さない!わたしのリョウ君…。」彼女は良にしがみついた。
 「今日は帰さない。どんなことがあっても…、どんなことがあっても…わたしはリョウ君と…。」

 良の苦悩266 通算896
 良に挑みかかるような女の妖艶(ようえん)さを見せた。その魔力に引き寄せられるかのように、良は美紀を抱き上げて、彼女の寝室へ運んだ。
 「美紀、抑えが効かなくなる、君の魅力に負けてしまいそうだ。」
 「リョウ君、リョウ君…。」美紀はアルコールの酔いもあったのだろう、自ら、一糸まとわぬ裸身をさらけ出した。
 良も自制が効かなくなっていた。投げ捨てるように着ているものを脱いだ。

 良の苦悩267 通算897
 二人はまるで獣のように、激しく唇を求めた。良の唇が彼女の全身に這(は)おうとしていた。彼の舌は乳房から次第に下半身に向かった。
 「ア 〜ン、ア 〜ン」彼女の口から悦びの声が漏れ続けた。秘部に迫ると彼女は身体を固めた。
 「ダメ!ダメ!そこはダメ!シャワーも浴びてないのに…。」彼女は必死に太腿を閉じようとした。
 「ダメ…リョウ君…そこはダメ…。」その声は小さくなり、やがて「ハァ、ハァ、ウ 〜ン…」恥ずかしさと快感の間に彷徨(さまよ)っているようであった。

 良の苦悩268 通算898
 良が彼女の身体を割って入ろうとした。
 「コワイ…リョウ君、コワイ。優しくして…。」
 「初めてだろう?」
 「違います…。初めてじゃない…、だから、心配しないで…。」美紀がどんなに否定しても、その動きは初めてのものだった。良は躊躇(ちゅうちょ)した。
 また、新たな業を犯そうとしている自分に深い罪悪感を覚えた。
 「止めないで、お願い!初めてじゃない…。」美紀は良に訴え続けた。

 良の苦悩269 通算899
 良は美紀に限りない愛しさを覚えた。
 「美紀、好きだよ。君のこと大好きだ。」 彼はずり上がろうとする美紀の肩を抱きしめて貫いた。その瞬間、処女特有の確かな感触があった。美紀は涙を流していた。
 「嬉しい、リョウ君…。嬉しい、リョウ…。」
 「初めてだったんだろう?」「いいえ、違います。」美紀は強く否定した。
 「レロレロして…。」嵐が過ぎ去った後の二人は唇を重ねた。

 良の苦悩270 通算900
 「リョウ君、責任を感じなくてもいいの、わたし初めてじゃないから…。」 明らかにわかるウソを美紀は重ねた。良の心の負担を軽くしようという、彼女の痛々しいほどの優しさが伝わった。
 「美紀。」「はい。」
 「全部分かっている。俺には全部分かっている。」
 「違います!絶対違います!」 彼女の顔と弥勒菩薩がオーバーラップした。
 人生の転機に差し掛かったいま、良には何が失ってはならないもので、何を失ってもいいのかがより分からなくなっていた。

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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