連載小説 追憶の旅     「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫


 良の苦悩281 通算911  
 美紀の反応に良は興奮し、強い欲情を覚えた。
 「美紀、大丈夫?恐くない?」
 「気にしなくていいの、リョウ君が望むなら…。」彼女は無意識のうちに身体を硬くしていた。先ほどの記憶が残っていたのだろう。ゆっくりと美紀の体を貫いた。
 「アウ…、ア 〜ン、ア 〜ン。」美紀の切ない悦びの声が夜の寝室に響いた。痛みの中にも快感を得ているようであった。
 「リョウ君…これはヒミツ…恵里にもヒミツ…。」

 良の苦悩282 通算912
 彼に抱かれながらも恵里への思いやりを忘れられないようであった。そのことがさらに良の美紀へ傾斜を強めていた。
 「リョウ君のエッチ…。ホントに四十歳を越えているの?」
 「どうして?」
 「雑誌ではそんなこと書いてないもの…。」
 「よく読んでいるんだ。」
 「だってぇ…いつかきっとリョウ君とこんな日が来ると信じていたから、勉強していたの。」 
  「テクニックも書いているんだろう?」
 「えっ、リョウ君も読んでいるの?女性雑誌…」

 良の苦悩283 通算913
 「読む訳ないだろう。こんなオジサンが…。」
 「そうよねぇ、読んでいたら変態よ、うふ、ホントは読んでいたりして…。」 美紀とのセックスとオシャベリは彼に心の安寧(あんねい)を与えた。
 何時間でもオシャベリし、何度でも彼女の体を求めたいと感じていた。自分自身をクソ犬と感じ、憎しみだけが生きる支えだった長い人生に、終止符を打つ大きなきっかけの一つにも感じられた。

 良の苦悩284 通算914
 「美紀。」 「はい。」
 「君を抱いていると心が落ち着くんだ。なぜなんだ?美津子を最初抱いた時のような…。あれからずっと俺は…どんな女性とセックスしても…そんな気持ちになったことは一度もないんだ。」
 「嬉しい!ホントね、絶対ホントね。」
 「本当だ。美津子と再会をした後の…二十年間の距離は埋められたけど…どこかに虚(うつ)ろな自分を感じていた…。」
 「…寂しいんじゃない、リョウ君?」

 良の苦悩285 通算915
  記憶の片隅にある台詞(せりふ)だった。それはまさしく千晴とデートのときに聞かされた台詞であった。周りを振り向かせるほどの美貌を持っていた千晴。思えば思うほど美紀は千晴であった。
 千晴が十七、八年の歳月を経て、良の前に再び現れたとしか思えなかった。違っているのは、ウンザリさせる程のヤキモチを抑えることを知ったことだけのようだった。
 美紀は千晴の化身に違いない−良は今更ながら己の存在の業(ごう)の深さを覚えた。そのとき、恵里の悲しそうな顔が浮かび、さらに良を苦しめた。


      (本文) 「良の家庭崩壊」

 良の苦悩286 通算916
 「ヤナちゃん、珍しいじゃないか、俺を誘うなんて…。」
 「ああ、そうだなぁ、この前飲んでから数年たつかな?」 人事部長の花村と柳原は同期入社で、互いに「ヤナちゃん」「ハナちゃん」と呼び合う親友であった。二人は「クラブ 楓(かえで)」に来ていた。
 「ヤナちゃん、俺を誘うからには何か話しがあるんだろう。ややこしい話はごめんだ。奥さんとの離婚の話か?」

 良の苦悩287 通算917
 「何で知っているんだ。」
 「お前さんの住所変更届が出ていたから、すぐに分かる。頼りないけど人事部だからな。」
 彼らは寄ってきた店の女性に席を外させた。テーブル席に残っているのは朱里(あかり)一人だった。
 「部長さん、本当に離婚したの?」
 「ああ、妻に愛想をつかされたよ。」
 「お前、あんな良い奥さんを失ったのか、きっと後悔するぞ。」
 「そうかもしれない…。しかし、前から上手く行ってなくて…。要は生き方の違いだろう。」

 良の苦悩288 通算918
 「彼女にとってもどこか違う、何かが違うとずっと考えていたようなんだ。」
 「ヤナちゃんは四十を越しても相変わらず青臭い。俺など、とっくに諦めたよ。思考停止が一番。」
 「思考停止かぁ…」。お互いににんまりした。
 「ひどいわね、男の人って…。女を人間扱いしてないのね。」
 「違う、違う!強い女に立ち向かうには思考停止が一番。次が諦めの境地。」
 堅物(かたぶつ)で知られる花村も良と二人だけだと安心できるようだ。

 良の苦悩289 通算919
 「で、離婚は大変だったろう?さんざん文句を言われただろう?」
 「別に、何も…・」
 「金の問題もあるだろう?」
 「家、貯金すべて彼女に渡した。俺はマンションを借りる敷金だけ。」
 「子どもはどうした?」
 「妻について行くので、しばらくの間は養育費を払うことになっている。まあ、子どもも中学生だし、夫婦関係の冷え切っていたことを知っていたから…。逆に良かったんじゃない。」

 良の苦悩290 通算920
 「ヤナちゃんは度胸があるなぁ。俺なんてそんな度胸はない。毎日、キャンキャン言われても我慢するだけ。見方によっては羨ましいなぁ。」
 「ハナちゃんもついでに離婚するかい?」
 「そんな度胸があったら、とっくの昔に別れているさ。」
 「男の人って自分勝手。子育てにどんなに苦労をしていても、それを当たり前だと思っているでしょ。」
 「仕方ないだろう。こちらは毎日、身を粉にして働いているんだから。これ以上を要求されてもなぁ。」

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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