連載小説 追憶の旅     「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫



   
(本文) 「良の家庭崩壊」

 良の苦悩301 通算931
 「その後がある。『ついでに言わせてもらいます。部長はもっと柔軟な発想が必要です。採用も今までと同じ発想ではなく、少し変わった学生を取ることも考えて下さい。』とね。俺は冷や汗をかいたよ。」
 「ハッ、ハッ、ハッ。言うねぇ、ハッ、ハッ、ハッ。」
 「笑い事じゃない。背筋に悪寒(おかん)が走ったよ。そのときは腹を立てたがね。」
 「ハッ、ハッ、ハッ、見たかったなぁ。」

 良の苦悩302 通算932
 「帰りに会社のフロントで偶然出会ったら、『部長さん』って笑顔で挨拶された。まるで何も無かったようにケロッとしていた。肝の据わった子だ。」
 「ハッ、ハッ、ハッ。」
 「あれには参ったね。」朱里も耐えられなくなったのか大笑いした。
 「それ以降、出会うたびに『部長さん』と可愛い顔で挨拶してくる。裏表のない子だ。単なる金持ちの道楽仕事かとも思っていたが、何の、何の、仕事がバリバリにできるという報告も受けている。」

 良の苦悩303 通算933
 「我慢強くて周りへの気配りも凄いらしいぞ。」
 「ふ 〜ん、そうなんだ。花村のお気に入りと社内でも有名なはずだ。」
 「俺だけじゃない、役員の受けもいいぞ。『秘書にくれ』という役員もいる。しかし、俺はすべて断っている。もっと現場で鍛えたいと考えている。柳原なら預けるぞ。鬼のように鍛えてくれるからな。」
 「イヤイヤ、それは結構。」
 「美人だし、仕事もできるぞ。それなのになぜ断る?」

 良の苦悩304 通算934
 「俺はうちの鈴木恵里君と紺野君にタッグを組まれてたかられている。これ以上たかられると破産する。」
 「な 〜んだ、親しかったのか?お前にたかっていたのか?ガッカリだ。」
 「どうして?」
 「あんな美人だったら俺もたかられたいよ。鈴木君も美人だろ?」
 「花村も意外に助平だなぁ。」
 「じゃあ、今度、二人に言っておいてやる。『瀬戸寿司でトロを腹いっぱい二人に食べさせてやる』と人事部長が言っていたと…。」

 良の苦悩305 通算935
 「だけど、覚悟しておけよ、あいつらは食うぞ。」
 「止めてくれ、俺の家も離婚に追い込まれる。」 「ハッ、ハッ、ハッ。」二人は大笑いした。  
 「男って助平ねぇ。美人には鼻の下を延ばしちゃって。あ 〜あ、美人に生まれたかったなぁ。」
 「だけど…あの子の結婚相手は大変だろう。大物かバカか、どちらかしかないだろう。彼女を言う通りに操(あやつ)れる大物か、彼女の言う通りになるバカかじゃないと、彼女に愛想をつかされることになる。」


   (本文) 「美紀の苦悩」

 良の苦悩306 通算936
 花村と別れた良は自分のマンションにトボトボ向かった。灯りがついていない部屋に帰る侘(わび)しさを感じていた。しかし、どこかそれを楽しむ自分もあった。
 「部長、こんなところで何をしているの?」彼のマンションは美紀のマンションからそれほど離れていなかった。無意識のうちに彼女の住む近くを選んだのかもしれない。
 「用事があってね…。」彼は離婚したことも誰にも言っていなかった。

 良の苦悩307 通算937
 「最近、この辺りで部長に似た人をよく見かけるけど…。部長じゃないですか?」
 「他人の空似だろう。」
 「そうとは思えないけど…。」
 「今日は遅いからわたしのところに泊まりませんか?」
 「…。」
 「わたしのアパートに泊まるのはイヤですか?」
 「そんなわけ無いだろう。」
 「それなら決まりですね、部長。嬉しいなぁ、レオレロできるもん…。」有無を言わせず腕を組んだ。

 良の苦悩308 通算938
 部屋に入るとすぐに「レロレロして、リョウ君。」彼に抱きついた。
 「あれからリョウ君わたしのこと無視するんだもん、寂しいじゃないの。」
 「そんなことないよ。俺は今忙しいんだ。常務からイヤになるほど仕事が回されて…。」  
 「知っています。恵里も言っていました。『部長がかわいそう』って…。」
 「鈴木君は最近少し変わったようだが…。」
 「リョウ君も感じているの?わたしも何か変わったように感じているの。」

 良の苦悩309 通算939
 「リョウ君が悪いのよ。美津子さんのことを話したからよ。」「…。」
 「男を知らない女性に、しかも自分を好きな女性に、セックスした何て言うバカが許されると思っているの…。」
 「じゃ、ウソを付けばいいの?」「黙っていればいいのよ。女は何かを感じていても、どこかで信じる部分があるものなの。」「…。」
 「聞いているの、リョウ君?」
 「聞いているよ。やはり、花村の言うとおりだ。」
 「花村部長は何を言ったの?」

 良の苦悩310 通算940
 「君の結婚相手は、大物かバカかのどちらかだと…。」
 「花村部長に今度会ったら抗議しようかなぁ?こんな優しい乙女を、何と思っているのって。」
 「人事部で大立ち回りをやったらしいな?」
 「そんなことまで…。」
 「俺、君が恐くなったよ。もう、かえろうかなぁ。」
 「イヤ!帰さないも 〜ん。」
 「リョウ君、一緒にお風呂に入ろ。少しだけ待っててね。」彼女は急いで風呂の準備をしに行った。

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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