連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫


   
(本文) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」

 別れの時6 通算971
 「済みませんでした。二度と言いません。」彼は良にも深々と頭を下げて立ち去った。 恵里は怖いのか、すぐ側にいた花村から少し離れた。
 会社を出て社員の姿が見えなくなったとたん、良と花村は腹を抱えて笑った。
 「ハナちゃんも演技が上手くなったな。」
 「なあに、調子者はすこし懲(こ)らしめてやらなければ、後々収拾が付かなくなる。」
 「花村部長、さっきのは演技だったのですか?」恵里が恐る恐る尋ねた。
 「そうだよ、それが何か?」

 別れの時7 通算972
 「堅物(かたぶつ)の部長でも演技をするんだ。」美紀はケロッとしている。
 「堅物(かたぶつ)はやめてくれないか。堅物(かたぶつ)はいかん、堅物(かたぶつ)は…」三人は腹を抱えて笑った。
 「人事部長は怖いです。あの元気のいい山田さんが真っ青になっていました。」恵里の言葉に、 「柳原、お前の部下だったのか?物言えぬわが社でお前のところだけだけらな、言いたい放題言わせるのは…。」
 「ああ、それより俺はお前の迫真の演技に見とれていたよ。」
 「役者になればよかったかな?道を間違えたようだ。」恵里はこわごわ二人の会話を聞いている。

 別れの時8 通算973
 彼らはたった一つだけあるテーブル席に付いた。美紀はすかさず花村の傍に座り、恵里を良の横に座らせた。
 「今日は大きな財布が二つ。恵里、どんどん食べて飲もうよ。」恵里は花村が怖いのか俯き加減になっていた。
 「ハナちゃん、うちの鈴木君がビビッている。余程お前が怖いらしい。」
 「ごめん、ごめん。少しやり過ぎたかな。」逆に花村が恐縮していた。
 「恵里、怖いの?」

別れの時9 通算974
 「本当のことを言っていいですか、花村部長は怖いです。」花村の顔色を覗(うかが)うように恐る恐る言った。
 「あ 〜あ、美人に嫌われちゃったか。こんなにナイーブな優しい顔をしているのに…・」 がっかりして、しょげ返った様子に恵里も吹き出した。
 「部長さんは意外に面白い人ですね。」
 「やっと理解して頂けましたか、お嬢さん。」これには他の二人も声を出して笑った。
  「珍しいこと…。柳原さんと花村さんがご一緒に来ていただけるとは。」

 別れの時10 通算975
 二人は入社当初からの親友であった。当時は自由闊達(かったつ)な社風で、会社のあり方を熱く語ったものだった。しかし、今は物言えぬ企業風土になりつつあった。
 「ハナちゃんの芸能界入りを応援して乾杯!」 
良の言葉に、「ありがとうございます。厳しい芸能界でもトップスターになれるように頑張ります。」手馴れたコンビネーションであった。
 美紀と恵里は腹を抱えて笑った。 ビールを飲みながら、恵里はチラチラ花村を不思議そうに見てはときどき含み笑いした。

 別れの時11 通算976
 「鈴木君、わたしの顔に何かついている。さっきから私を見てはニヤニヤしているが。」
 「花村部長のイメージと余りにも違うから…。可笑しくって。冗談の一つも言わない人だと思っていました。」
 「ハナちゃんは冗談が多いよ。怖いのは顔だけだ。」
 「ヤナちゃんがよく言うよ。怖いのはヤナちゃんだぞ。」
 「ホントですか?」恵里は怪訝(けげん)な表情で花村に返した。
 「柳原部長は厳しいけど決して怖くはありません。」

 別れの時12 通算977
 「彼の昔のことを君たちは聞いてないのか?」
 「何ですか、花村部長。」
 「ここでは部長と言うのは止めてくれないか。仕事の延長の気がして安心して飲めないじゃないか。ハナちゃんと呼んでくれ。」
 「分かりました、ハナちゃん。」語尾を上げて、まるで子どもを呼ぶように美紀が言った。花村は照れていた。
 「かわいい!ハナちゃん」。恵里もアルコールの影響もあるのだろう、花村をからかった。

 別れの時13 通算978
 「で、ハナちゃん、柳原部長の話はどうなりました。」
 「おう、忘れていた。」
 「忘れてはダメでしょ。」花村は恵里にやり込められている。
 「仕事に真面目に取り組まない部下でもいたら、『辞表を書け。書き方を知らなかったら教えてやる』と良く言っていたもんだ。」
 「ホントですか?ハナちゃん。ウソでしょ。いくらなんでも柳原部長はそこまでは言わないでしょう。」
 「本当だ。ヤナちゃんは鬼だ。」

 別れの時14 通算979
 「ホントですか、部長?」
 「ずっと昔のことだ。」本当だろうという表情で恵里を見た。恵里も頷いた。
 「信じられない?」美紀も驚いていた。
 「最近は仏の柳原で有名だが…。」
 良の言葉に、「ヤナちゃん、それは言い過ぎだろう。」
 「新入社員のときから、相手が役員でも喧嘩を買って歩いたのが、このヤナちゃん。」
 「エッ、新入社員のときから…。」
 「ハナちゃん、お前さんも相手が誰でも、絶対に妥協しなかったじゃないか。目くそ鼻くそだ。」

 別れの時15 通算980
 「柳原部長の場合は何となく理解できるけど、ハナちゃんが…。信じられな 〜い。」恵里も美紀も不思議な、おとぎ話を聞いているようだった。
 「堅物(かたぶつ)のハナちゃんがねぇ。」ビールを遠慮なく飲んでは、寿司をつまむ二人。
 「ハナちゃん追加注文するよ。」恵里はケロッとして、美紀と目で合図しては、高いネタをどんどん注文した。
 「こわっ!ヤナちゃんの言うとおりだ。この二人は怖いなぁ。酔いが覚めそうだ。」


       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

 第4章次のページへ(981〜990)

       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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