連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

「第4章  別れのとき」

    (本文) 「恵理との小旅行」

 別れの時116 通算1081
 彼は何もなかったように車をスタートさせた。
 「なぜ、車を止めたの?」
 「いけなかった?」
 「いいけど、どうして?」
 「君が感じているか、確認しただけ。」
 「バカ、バカ!リョウ君のバカ!恥ずかしいことをしないで…。」消え入りそうな声で抗議した。
 「デリカシーのない男性は嫌われるのよ、リョウ君。知っている?」
 「知らない。嫌われてもいいもん。恵里も嫌いになった?」
 「そうよ、大嫌いになったわ…。」悪戯っぽい表情で良を睨んだ。

 別れの時117 通算1082
 「恵里、アンコール。」
 「何のこと?」
 「さっきの表情だよ。」
 「どうして?」
 「ゾクッとくるほどの色気があったから…。」
 「ホント?色気があったの?わたし色気がないから悩んでいたの…。だってぇ、リョウ君はそれとなしに匂わせるんだもん。恵里には色気がないって…。」
 あの夜の彼の一言がずっと尾を引いていたのだった。


「第4章  別れのとき」

    (本文) 「日本料理 池田」

 別れの時118 通算1083
 彼らは国道を三時間ばかり走った。
 「帰りを考えるとこの街にする?」
 「はい。」恵理は素直に従った。
 「今日は恵理にご馳走しようと思っている。だがら、どんなに高くてもいいよ。」
 「嬉しいけど、無理しないでね。」彼らは車を駐車場に止めて、あまり知らない街を歩いた。
 恵理は手を繋ごうとしたが、さすがに良はためらった。
 「俺のようなオジサンが、君のような若いキレイな女性と…。」残念そうであったが、恵理は納得した。

 別れの時119 通算1084
 裏通りを歩くと、そこには何軒かいかにも老舗という感じの和食店があった。
 「どの店も良さそうだ。この辺りで夕食をしよう。」
 「でも、どのお店も高そう。いいの、ホントに?」
 「恵理は気にしなくていいの。俺、たっぷりお金を持ってきたから…。」 良はその中から「日本料理 池田」を選んだ。
 「恵理、ここにするよ。」「はい。」 日本家屋の店の構えは高級店のそれであった。

 別れの時120 通算1085
 店内に入り、個室に案内されると、そこから手入れされた広い庭が見えた。和服姿のホール担当の女性の言葉づかいも丁寧であった。
 「こういう店でも雑な接客をするところもある。そういう店は間違いなく料理も荒れている。落ち目になっている店のパターンだ。」
 「わたし、こんな高級なお店初めて…。」恵理には戸惑っているようだった。二十代半ばの来る店ではないので、落ち着かないのだろう。

 別れの時121 通算1086
 一般向けの料理がある中で、コース料理を注文した彼らを、接客係は上客と見たようだった。
 「最近は客を呼ぶために、一般向けの値段の料理も置くようになったのかな?」
 「それでも、わたしたち若い人には敷居が高くて入りにくいお店です。店の構えを見るだけで入るのが恐いもの。」恵理はさかんに店内をキョロキョロ見ていた。落ち着かないようであった。
 「テーブルの置き方が気に食わないな。」

 別れの時122 通算1087
 「どうして…。リョウ君も私も庭が見えるようにしているから、これが最高ではないですか?」
 「それがダメだ。」「…?」
 「庭を背景にした君が見えないじゃないか。惚れ惚れするほどキレイな君を。」
 「…。」恵理は恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いた。華やかな美しさはないが、あまり目立たない、それでいて幼さを残した美しさがあった。
 「リョウ君と二人で…しかもとても落ち着いた店で…夢みたい…。」

 別れの時123 通算1088
 恵理にはアルコールを飲ませ、運転しなければならない良はノンアルコールを飲みながらゆっくり食事を楽しんだ。
 前菜・煮物も手が込んでいた。刺身はふぐだった。板前の見事な包丁さばきを感じさせた。
 一晩置いた方が旨みが出ると言われるが、彼は生きたふぐの刺身の方が好きだった。なぜなら、その方が確かな食感があるからだった。
 「どう、恵理?」
 「美味しいです。食感が凄いです。」アルコールでほんのり顔を染めていた。

 別れの時124 通算1089
 「生きているふぐを捌(さば)くのは難しいそうだ。刺身にすると縮むので、親指で延ばしながらしなければならないらしい。」
 「へぇ、そうなんだ。」
 「有名なふぐ料理店でも、ふぐの料理ができる板前がほとんどいない店もあるらしい。」
 「ホント?」
 「確かめた訳じゃないけど…。」
 「わたしだけ飲んで、リョウ君に悪いわ。」ノンアルコールを良に注ぎながら、気の毒そうな表情を浮かべていた。

 別れの時125 通算1090
 恵理は鍋にも舌包みを打った。
 「ダシがとっても良い感じ。さすがに上品な薄味だこと…。」アルコールのせいで少し上気した恵理にほんのりと色気が漂った。良は戸惑いを覚えた。
 「どうしたの、リョウ君?」
 「アルコールが入ると、色気が出て来るんだね。抱きしめたくなるじゃないか。」
 「バカ、こんなところで。でも、ホントに色気ある?」
 「本当だ。抱き締めちゃおうかなぁ。」 彼は立ち上がる素振りを見せた。

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       第4章 別れのとき(BN)
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