連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫


 
  (本文) 「美津子との距離」

 別れの時76 通算1041
 「バカねぇ、リョウ。そんなことを気にしているの。あなただから…。」美津子の表情の中に、今まで見たことも無い媚があった。何かを隠そうとしているのであろうか? 生きとし生けるもの、いや、存在するすべての物は変化する。森羅万象で変わらない物は存在しない。 可憐であどけなかったあの美津子でさえも、歳月が彼女を変えることは誰も否定できない。しかし、何かが違うのだ。

 別れの時77 通算1042
 二十年前の彼女との落差は、本質的な何かが変わっているように感じられたのだ。
 「男の人は、そう願うようね。」−「クラブ 楓(かえで)」の朱里(あかり)の言葉が記憶から呼び覚まされた。
 「リョウ、わたしを信じて。リョウは…わたしが、色んな男の人と…絶対ないわ…。リョウ、信じて!」美津子は良にしがみついた。
 「信じる」という言葉が、今にも霧消しそうな軽さを与えていた。彼女が強調すればするほど、その軽さは増した。

 別れの時78 通算1043
 「人は変わる。美津子だけでなく、俺も…。」
 「リョウ、信じて…。」と何度も何度も繰り返しては泣き崩れる美津子に、一度も感じたことのない憐憫(れんびん)の情を覚えた。 彼が求めて止まなかった美津子。二十年間の過去が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
 「リョウ君好き、あなたのこと大好き!」と良に限りなく尽くしてくれた千晴の笑顔が過(よ)ぎった。
 彼女の化身と思われてならない美紀、それらは夢か現(うつつ)のようであった。

 別れの時79 通算1044
 「リョウ、暗い顔をしないで。お願いリョウ…。」美津子の声がまるで遠い彼方から聞こえるようであった。
 「わたし、寂しいの…リョウがいないと生きていけない…。」 白い妖艶(ようえん)さを漂わせた美津子のうなじ、気品に満ちた美津子の顔、まるで白い大理石のような肌−成熟した女の美津子に悲しさが漂っていた。幸せに満ちた生活で行きていると思われていた美津子にも、他人に言えない深い闇を抱えているようだった。

 別れの時80 通算1045 彼は美津子の唇を塞いだ。美津子は良にしがみついた。良の安アパートで震えながら初めての経験の日と同じように…。ともに必死さは同じであった。
 しかし、あのときの美津子と今の美津子は、あまりにもどこかが違っていた。 一つになりたいという、一途なひたむきさが消えて、性の悦びを得たいという違いであったのだろうか?それとももっと大きな変化があったのだろうか?


 
  (本文) 「美紀のマンションで」

別れの時81 通算1046  
 美紀、また来てしまった。来てはいけないところなのに…。無性に寂しくて…。」
 「うれしいッ!リョウ君が自分から来てくれたのは初めてだもの…。レロレロしよ。」ネグリジュ姿の彼女は良の首に手を回して目を閉じた。
 初めての経験によって美紀には女としての自信を得たようであった。彼が舌を入れると、悪戯するように先を舌でつついた。
 その一つ一つに美津子と対等に立っている余裕を感じさせた。

 別れの時82 通算1047
 「リョウ君から電話をもらって、すぐにシャワーを浴びちゃった。だってリョウ君エッチだから、シャワーも浴びないで何をするかわからないもの…、うふ。」
 「俺、今夜泊めてもらおうかなぁ。」
 「えっ!泊まってくれるの?ホントにぃ?」嬉しそうにハシャグ美紀。二十五歳の美紀のそれは子どものようであった。
 「リョウ君、お腹空いてない?」
 「大丈夫。食事してきたから。君の顔を見たかっただけ。コーヒーをくれる、飲んだら帰るよ。」

 別れの時83 通算1048
 「帰さないも 〜ん。」美紀は良の手を自分の胸に導いた。豊かで膨らんだ形のいい乳房が良の手に中にあった。良の欲望が頭を擡(もた)げたのを確かめるように、美紀は下半身を押し付けた。
 「うふ、リョウ君も感じている。」
 「ダメだよ、美紀。コーヒーを入れて。」 まるで新婚の夫婦のようであった。
 「帰らないと約束してくれる?」
 「どうしようかなぁ?」
 「奥さんには出張と伝えたのでしょ。それなら、帰ったら逆に疑われるでしょ。」

 別れの時84 通算1049
 すでに離婚していることを美紀には言えなかった。言えば新たな波紋が広がりそうであった。
 「やはり今夜は泊まらせて。迷惑をかけるけどいいの?」
 「迷惑だなんて、なぜわたしが思うの?嬉しくて堪らないのにぃ…。コーヒーの前にお風呂に入る?」
 「じゃ、そうさせて。」美紀は嬉々として良の着ているものを脱がせた。その手つきはぎこちなかったが、自信に満ちていた。

 別れの時85 通算1050
 美紀は脱衣所に下着を持ってきながら、さかんに匂いを嗅いだ。「いい匂い、リョウ君の匂いがする…。」その表情はうっとりしていた。それはどこかで見た光景であった。
 十七、八年前の千晴と同じであった。考えれば考えるほど美紀は千晴であった。良はそのめぐり合わせに慄(おのの)いた。
 脱衣所には彼のパジャマが置かれていた。良が泊まることを想定していたのだろう。 いつかは別れが来ることを知りながら、美紀は良に何を求めているのであろうか?

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       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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