連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

「第4章  別れのとき」

    (本文) 最後のメール
 
 別れの時256 通算1221
 数日後の土曜日、美津子からメールが来た。予想通り別れのメールであった。

 リョウ、本当のお別れの時が来ました。あなたの前に二度と現れることはありません。すべて由美から聞きました。 今までウソを付いていてごめんなさい。主人もアメリカに赴任する予定はありません。 すべて由美の言った通りです。私は良にウソをついていました。 しかし、心から愛したのはたった一人、リョウ、あなただけです。

 別れの時257 通算1222
 あなたと別れてからも、ずっとリョウが好きでした。あなたのことを忘れられず、どこかあなたに似ているだけで胸がときめきました。他の男の人に抱かれながら、思い浮かべていたのはずっとあなたのことでした。
 あのとき、私がすべてを捨てて、あなたの胸に飛び込んでいたら…どうにもならない過去を悔んでいます。私はきっとあなたのいい妻になっているのでは、と思われてなりません。

 別れの時258 通算1223
 毎朝、あなたを送り出して、あなたのために一生懸命夕食を作っている自分を想像するだけで涙が流れます。
 あなたと出会って、二人で語ったこと、一緒に食事したことなど、私にとってはかけがえのない想い出です。二度と見ることもできないあなたの笑顔を思い浮かべては、それがまるで遠い夢のようです。
 私を女にしてくれたリョウ。そして、私に本当の女の悦びを教えてくれたのもリョウ、あなたです。
 今更、何を言っても信じて貰えないでしょうが、これだけは本当です。

 別れの時259 通算1224
 あなたの奥さんから、あなたを奪ってしまいたい−私は邪(よこしま)な考えを持っていました。
 私を弥勒菩薩のように美化し、一途に、そしてひたむきに愛してくれたリョウ。救いようもないこんな私を一途に、そしてひたむきに…。
 今更、何を言っても許されることではありません。 たった一度だけでもいい。リョウが会社に出かけるとき、「行っていらっしゃい、今日は何時に帰るの?」 一度だけでも、たった一度だけでも言ってみたかった。

 別れの時260 通算1225
 リョウ、さようなら…もう、二度とあなたの前に現れません。 離婚されるかどうか、すべて主人次第です。
 どんな結果でも甘んじて受ける覚悟です。待っているのは茨の人生です。私には輝く未来はありません。これも自業自得です。当然の報いです。
 本当は今すぐにでも…あなたに会いたい。あなたの胸に飛び込んで行きたい。出来ないことと知りながら…。救いようのないバカな、その上、弱い私です。
  リョウ…あなた…本当に…さようなら…わたしのあなた…    美津子

 追伸 返事は絶対に書かないで下さい。メールアドレスも番号も変えます。

 別れの時261 通算1226
 「…美紀…」良は思わず電話をかけた。
 「どうしたの、リョウ君。リョウ君から電話をかけてくれるなんて…何の気まぐれ?」
 「…美紀…。」電話の向こうで良の嗚悦(おえつ)が聞こえた。
 「リョウ君!何があったの?リョウ君!」 「…美紀…」
 「どこにいるの?どうしたの?すぐに私のアパートに来て!」 「…美紀…」
 「いいからすぐ来るのよ。」
 「俺…車で…迎えに行く…。」
 「分かったわ。泣きながら運転して大丈夫?」 「…大丈夫…」

 別れの時262 通算1227
 「どれくらいかかるの?」
 「十四、五分…。」
 「気をつけて運転するのよ。慌ててはダメよ。」
 「分かっている…。」 尋常でない良の泣き声に美紀の行動はすばやかった。慌てて着替え、化粧もせずにマンションの前で良を待った。
 良はすぐに車でやってきた。
 「リョウ君!どうしたの?」助手席に乗った美紀は、今まで一度も見たことのないほど打ちひしがれた良を見た。

 別れの時263 通算1228
 美紀の顔を見た瞬間、良は声をあげて泣いた。
 「美紀!」ハンドルを握り、前を見据えたまま彼は男泣きに泣いた。
 「今日は俺と過ごして…お願いだ、美紀!」
 「いいわ、リョウ君。大丈夫よ…わたしはずっとあなたの傍にいるから…。泣かないでリョウ君、泣かないで…わたしも泣きそうになるじゃない…。」
 「…リョウ君、海を見に行く?」「…。」
 彼は車を走らせた。十数年前に千晴と行った高台を思い出した。

 別れの時264 通算1229
 「何があったの?」良は美津子から来たメールを黙って美紀に見せた。美紀は食い入るようにメールを読んだ。
 「…美津子さんとの本当の別れが来たのね…。」「…。」
 「リョウ君の青春のすべての美津子さんとの…。わたしもいつかは…」「…」
 それ以上彼女は言わなかった。彼女も目に涙を貯めていた。 「
 美紀、許して…。こんなことで呼び出して…。でも、誰かに傍に居て欲しい…。君しかいない、俺には…こんなことを言えるのは…君しか…許して、美紀!」

 別れの時265 通算1230
 「いいのよ、リョウ君…。」
 「…美紀にこんなことで…君を呼び出すなんて…俺はどうかしている…。」
 「いいの。わたしはあなたといるだけで…とっても幸せなの…」
 「美紀!ごめん。許して!」
 「謝らなくてもいいのよ、リョウ君。それよりどこに行っているの?リョウ君と海が見たいなぁ…。」
 「昔、一度だけ行ったことがある海の見える高台に向かっている。」
 「ステキなところ?」 「美紀もきっと気に入ると思うよ…。」

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       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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