連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

「第4章  別れのとき」

    (本文) 美紀への傾倒
 
 別れの時246 通算1211
 「で、恵里はどうだった?」美紀が誘導尋問していることが分かった。
 「何のこと?」
 「恵里との初めてのとき…。」戸惑いながらも良は明言した。
 「美紀に言っておく。君は絶対に聞かないと言った。聞いてもしゃべるなとも言った。君が今後そのことを聞いたら、ノーコメントというよ。」
 「それでいいのよ、リョウ君。でも、すでにあったりして…。リョウ君はスケベーだから…うふ。」

 別れの時247 通算1212
 美紀に翻弄されて、美津子のことが頭から離れつつあった。すべて美紀の思惑通りになっているのではないか?良の気持ちを和らげるために仕組んでいるのではないか、とさえ感じた。
 「美紀は凄い。美紀には驚くばかりだ。」
 「何が?」
 「美津子との別れを感じて泣いていた俺を…。その気持ちを和らげてくれた。俺は美紀の掌で踊らされているような…。」
 「頑固者のリョウ君が?そんなはずないでしょ。」

 別れの時248 通算1213
 良は黙っていた。この記憶はどこかにあった。しかし、それが何かは分からなかった。いつも何か起きたときに感じる記憶であった。
 「どうしたの、リョウ君?」「ううん、何でもない。」
 「リョウ君がときどき分からなくなるの。わたしの目の前にいながら、目の前にいないような錯覚に陥るの。」
 「君と何かの記憶が重なるんだ。」
 「千晴さんでしょ。」
 「彼女のような、彼女ではないような不思議な感覚なんだ。」

 別れの時249 通算1214
 「かわいいリョウ君。」美紀は自分の胸に彼の顔を引き寄せた。豊かな膨らみに顔を埋めた良は美紀の甘い香りを嗅いだ。
 「いい匂い。美紀の匂い。気持ちが落ち着く…。」
 「あ 〜あ、リョウ君を洗ってあげたのは失敗だった。」
 「どうして?」
 「わたしもリョウ君の匂いが好きだもん。」
 「美紀。」 「はい」
 「好きだよ。」
 「嬉しいっ!」良は美紀の乳首を口に含んだ。
 「ああん、感じるぅ。」美紀の甘く切ない声が寝室に流れた。

 別れの時250 通算1215
 その声に良は軽い欲望を覚えた。しかし、どこかにそれを躊躇させるものがあった。美紀を抱くことは美津子の身代わりになるのではないかと思われてならなかった。
 「どうして?リョウ君、どうして?」
 「君を美津子の身代わりにしたくない。」
 「いいの、リョウ君いいの。これが美津子さんとの別れの儀式なの。わたしが美津子さんの幻影をきっぱりと消えさせてあげる。」

 別れの時251 通算1216
 良は美紀の体の隅々にまで舌を這わせた。
 「アアン、アアン」美紀の悦びの声に良はさらに欲望が増した。
 「美紀、本当にいいの?」
 「リョウ君、いいのよ。来て、これは美津子さんとの別れの儀式なの。」 良は美紀の体を貫いた。
 「リョウ君…リョウ君…美津子さんは…もういないのよ…。」喘(あえ)ぎながら美紀は繰り返した。
 良の動きに美紀もわずかに腰を動かした。二人だけのリズムが生まれていた。

 別れの時252 通算1217
 「美紀。」 「はい。」
 「この間の君の質問に答えられるよ。」
 「何のこと?」
 「二人の性の相性…。俺は最高に相性がいいと思うけど…。」
 「ホント?嬉しいッ!」
 「美紀はどう思う?」
 「分からない…。だってリョウ君しか知らないから…。でも、リョウ君の気持ちを体一杯に感じるの。痺れるほど…。リョウ君。」
 「何?」
 「美津子さんのこと…少しは落ち着いたの?」

 別れの時253 通算1218
 「ホンの少しだけ…。二十年は一体何だったのだろう?と考えている…。」
 「美津子さんは寂しかったのよ。美津子さんを責めてはダメ。人は変わるのよ。」 子どもに言い聞かせるような優しげな口調であった。
 「俺が悪いんだ。すべて俺のせいなんだ。」
 「リョウ君、好き。リョウ君、だ 〜い好き。」美紀は何度も良の耳元で囁いた。 その言葉こそ、美津子との本当の別れの言葉に感じていた。

 別れの時254 通算1219
 「電話をしなくていいの?泊まってくれるのは嬉しいけど、奥さんが心配するわ…。」
 「来る前に連絡を済ましている。」良はあくまでも離婚したことには触れなかった。
 「リョウ君、お願いがあるの。聞いてくれる?」
 「難しいことはイヤだよ。」
 「簡単なこと…。わたしも…恥ずかしいなぁ…言うの、止めようかなぁ…。」
 「何?言ってご覧。」
 「笑わないでよ。絶対に笑わないでよ。わたしも…ラブホテルに一度連れて行って。」

 別れの時255 通算1220
 「ああ、恥ずかしい!」言いながら布団で顔を隠した。
 「いつでも。」 「ホント?」
 「でも、どうして?」
 「みんな色んな話をするの…。わたしは知った振りをしているけど、一度もないの。」
 「行っても特別なものはないよ。俺も詳しくないけど…。美津子と行った時もオロオロした。」
 「リョウ君、二人でオロオロしよ。」
 「それまでに何人かの女性を連れて行って練習しておくよ。」
 「バ 〜カ、そんな練習は必要ないでしょ。」

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       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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