連載小説 追憶の旅     「第5章  新たな出発」
                                 作:夢野 仲夫


「第5章  新たな出発」

    
(本文) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」

 新たな出発11 通算1291
 「初めて会ったときの恵里ちゃんを思い出すわ。部長さんを後ろから抱きしめていた恵里ちゃん。部長さんの困った顔も覚えているわ。」
 「恥ずかしいわ、わたし。」
 「とてもかわいかった。好きな人もきっとそう感じていたはずよ。」
 「そうみたい。ママさんには何でも読まれているみたい。怖いわ。」
 「とんでもない。誰でも分かるわ。でも、なかなか分からない鈍感な人もいたようね。」ママは良をからかっていた。

 新たな出発12 通算1292
 「はい、とても鈍感な人がいました。ずっと好きでも分からない人がいました。」恵里もママのからかいを理解していた。
 「そんな人は仕事できないでしょ。」
 「仕事だけはできるようです。」
 「そうなんだ、仕事だけね。」
 「はい、仕事だけ。うふ。」
 「女心の分からないおバカさんでしょ、きっと。」
 「その通りです。とてもおバカさんです。うふふ。」笑いを抑えていた恵里が笑った。

 新たな出発13 通算1293
 「恵里ちゃんの、その笑い顔が鈍感なおバカさんは好きだと思うわ、ねぇ、部長さんもそう思わない?」
 「わたしもそう思う。」 涙を潤ませながら微笑む恵里が良を見つめた。
 「今日はこれくらいにして、恵里ちゃんを送ってあげて、部長さん。きっと、好きな人と二人だけで話したいと思っているはずよ、恵里ちゃんは…。どう、恵里ちゃん?」 ママが何を言いたいのか理解した恵里は恥ずかしそうに俯いた。

 新たな出発14 通算1294
 「志乃のおでんは美味しかったわ。どれも美味しいけど、ロールキャベツが大い好き。」恵理は良を見つめた。リョウ君、わたし今日は帰らない。どこかに連れてって。」
 「志乃」を出た恵里は良にすがるように言った。二人は歩きながらラブホテルを探した。 裏通りにはいくつかラブホテルがあった。その中で豪華そうなホテルを選んで入った。
 「リョウ君、奥さんに連絡しなくていいの?家庭を壊したくないから…。」
 「大丈夫。もう連絡しているから。」ここでも良は離婚していることを言わなかった。

 新たな出発15 通算1295
 「あの日以来ね…。リョウ君と過ごせるのは…。」 部屋に入ると、良に抱きしめられた恵里は目を閉じた。彼が唇を重ねると自分から舌を差し入れて絡めた。若い女性の甘い香りが良の鼻腔を刺激した。
 「恵里も俺から去っていく…。」良は涙が流れた。
 「誰かと別れがあったの?美津子さん?」
 「ああ、彼女との別れが…本当の別れが…。」
 「そんなとき…わたしが…」自分のことより良を気遣った。

 新たな出発16 通算1296
 「傍に居てあげたい…。リョウ君が落ち込んでいるのに…。ごめんね、リョウ君…。リョウ君…。」 恵里は自分の辛さを抑えているのが良にも感じられた。
 「リョウ君は二十年もの間…。」
 「もう終わったことなんだ。それより恵里まで急に居なくなるなんて思いもしなかった…。」
 「恵里…。」「はい。」
 「君のことは忘れない…。美津子以上に忘れない…。」
 「思い出をいっぱい作ろ…リョウ君…。」

 新たな出発17 通算1297
 二人は限りある時間を惜しむように舌を絡めあった。良は舌を彼女の体の隅々まで這わせた。
 「トロけそう…リョウ君…トロけそう…。」恵里の口から甘く切ない声が漏れ続けた。 彼が彼女の体に重なると、恵里はそれを待っていたように体を開いた。
 「ああ、しあわせ…リョウ君…リョウ君…。あなたがわたしの中にいる…。」
 「いっぱい、いっぱいちょうだい…リョウ君…あなたをちょうだい…リョウ君ちょうだい…。」

 新たな出発18 通算1298
 夢と現の間で彷徨うかのように、恵里は囁き続けた。近くに迫った別れが彼女を追い立てているようでもあった。 大きな波が去った後、恵里の頬を涙が伝わった。
 「ありがとう、リョウ君…。わたしとっても幸せなの…。リョウ君と出会えて幸せなの…。」  
 「恵里…。」彼は恵里の止まらない涙を唇で拭った。
 「美津子さんのこと、ホントに大丈夫?良かったらわたしに話して…。それだけでないでしょ?不景気になってから、会社もずいぶん変わったから…」

 新たな出発19 通算1299
 良は美津子との経緯を話した。
 「ウソでしょ。リョウ君のひたむきに愛した美津子さんが…考えられない。」
 「本当なんだ。否定できない事実なんだ。」
 「美津子さんを絶対に許せないの、リョウ君?」
 「許すも許さないもない。美津子自身が自分を許せないと感じている。これ以上追うと彼女はますます不幸になる。終わったんだ…美津子とはすべてが終わったんだ…。」
 「でも、なぜ?あの聡明な美津子さんが…。わたしには分からない。」

 新たな出発20 通算1300
 「俺だって…。二十年前の美津子とは違っていた。人格まで変わっているようだった。」
 「…。」
 「恵里。」 「はい。」
 「手紙にも書いたように、何十年か後に君に会いたい。素直で明るくキレイな君を見てみたい。俺はお爺さんになっているだろうけど…。」
 「リョウ君、わたしは美津子さんのようにはならない。絶対にならない。わたしは美津子さんのように弱くない。ニッコリ笑ってリョウ君と会えるわ。」
 「恵里、行かないで!」と、叫びたくなる衝動を、良は抑えるのが精一杯だった。

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       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール
 (1255〜) 江戸蕎麦「悠々庵」 *リンク間違いをまたまた

       
 第5章 新たな出発(BN)
 (1281〜) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」

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