連載小説 追憶の旅     「第5章  新たな出発」
                                 作:夢野 仲夫

「第5章  新たな出発」

    
(本文) 恵理の送別会「地鶏屋」

 新たな出発51 通算1331
 「ときどき遊びに来なければ、俺は浮気するぞ。」
 「ダメ!浮気はダメ!絶対に許さない。」
 「でも、俺は男だもん。キレイな人と片っ端から浮気するから…。」
 「うふ、する勇気もないのにぃ…。ミエをはっちゃって…。」
 「セックスしたくなったらどうしたらいい?」
 「バカ!そんなこと聞かないで…。わたしが飛んで来るから…。」
 「じゃ、セックスしたいと電話で大きな声で言ってやる。」
 「ホントに意地悪なのね…。」

 新たな出発52 通算1332
 悪戯そうな目をして良を見て、良の手の甲をつねった。
 「リョウ君、お風呂に入ろ。わたしが脱がせて上げる。」 彼女はすでに新婚の気分に浸っていた。 風呂に入ると何かを思い出したようだった。
 「何か思い出したのかい?」恵里は恥ずかしそうに下を向いた。
 「恥ずかしいわ、わたし。」「何が?」
 「取り乱した姿をリョウ君に見せて…。」
 「怖かったよ。恵里が鬼になったのかと思ったよ。」
 「ウソでしょ?」

 新たな出発53 通算1333
 「俺は逃げて帰ろうかと思ったよ。」
 「ごめんなさい、リョウ君…取り乱してごめんなさい。だって、もうリョウ君とはお別れかと思っていたから…。わたしにはリョウ君の居ない生活は考えられないの。」
 「嫌な女に思ったでしょう。」
 「うん、最悪の女と思ったよ。」
 「本当ですか?」恵里は悲しそうに良を見た。今にも泣きそうであった。
 「ウソだよ、安心して。恵里を困らせていただけ…。」

 新たな出発54 通算1334
 「ホント?嫌な女に思わない?」
 「思ってないよ。」
 「よかったぁ…。でも、本心では嫌な女と思っているかも知れない…。リョウ君は優しいから…冗談交じりに…。」
 「バカだなぁ、恵里。本当に思っていたらプロポーズする?」
 「そうよね、確かにそう…。」 暗くなった恵里の目が再び輝いた。
 「大好き、リョウ君。わたしの旦那様、リョウ君。リョウ君はわたしに本当の女の喜びまで教えてくれた人。」

新 たな出発55 通算1335
 「リョウ君立って…。」湯船の中で良を立たせた恵里は、良の下半身をじっと見つめ、愛しそうに唇を這わせた。
 「グゥ。」と喉から苦しそうな声を漏らし、苦しかったのか目が潤んでいた。
 「ごめんね、リョウ君。まだ、無理。上手になるから、それまで我慢してね…。」
 良に精一杯の喜びを与えようとする恵里に、自分の選択が間違ってなかったと感じていた。 だが、一方では会社を今後が彼の心に引っかかっていた。

 新たな出発56 通算1336
 恵里の明るい表情を見ながら、逆に良は深い闇に入り込みそうであった。
 「リョウ君どうしたの?ホントはわたしとの結婚はイヤなの?」良の下半身に軽く握っていた恵里はその変化に気づいた。
 「この幸せがいつまで続くのだろう?恵里。」
 「リョウ君はいつもネガティブな考え方をするのね。幸せがあると、その中に不幸を見るのね。でも、わたしがついているから大丈夫よ。」 どこかで聞いたような台詞であった。

新 たな出発57 通算1337
 「リョウ君大丈夫、あなたはきっと母さんの望む人間になるから…。」
 「どんなことがあっても、母さんはいつもリョウ君のそばにいるのよ。」 悲しいときになると、いつも出てくる母であった。
 今は亡くなった母の期待とは、まるで違った人生を送っているように思われてならなかった。 家庭を壊し、美津子の人生を狂わせ、そしてまた、将来のある若い恵里の人生を乱していた。

 新たな出発58 通算1338
 良は涙が止まらなかった。
 「君の人生まで変えようとしている…。落ち着いた幸せな人生を送れる君の人生を…俺は根こそぎ奪おうとしている…。」
 「リョウ君、何を言っているの。逆なの、まったく逆なのよ。わたし、リョウ君がいない人生なんて抜け殻と同じなの…。」
 「君と会わなければ良かったんだ。最初から会わなければ…。」 良は己の業の深さに底知れない恐怖を感じた。

 新たな出発59 通算1339
 「リョウ君、悩まないで。わたしはいつもあなたの傍にいる。どんなことがあってもわたしはあなたの傍にいるから…。」母と同じような言葉に良は号泣した。
  「泣かないで、リョウ君。泣かないで…。」恵里も良のもらい泣きをしていた。
 「一緒に苦労しようね、リョウ君。どんなことがあっても二人で生きていけば、何とかなるでしょ。リョウ君と生きられるなら、わたし苦労と思わないもん。」

 新たな出発60 通算1340
 苦労という具体的な内容を知らない恵里。離婚して恵里と結婚すれば、退職が難しくなる。今までのしがらみを捨てて、新しい人生を歩みたいと思う根底には、企業への根強い不信感があった。
 社長の「思いめでたい者」を登用する企業のあり方への不信感であった。 彼は恵里にプロポーズした時点で、新しい仕事へ挑戦することを諦めることも視野に入れなければならなかった。
 「恵里、食べていけなくなったらどうする?」

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       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール
 (1255〜) 江戸蕎麦「悠々庵」 *リンク間違いをまたまた

       
 第5章 新たな出発(BN)
 (1281〜) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」
 (1306〜) 焼き鳥屋「地鶏屋」

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