連載小説 追憶の旅     「第5章  新たな出発」
                                 作:夢野 仲夫


「第5章  新たな出発」

    
(本文) 恵理の送別会「地鶏屋」

 新たな出発41 通算1321
 良は恵里との結婚をしてもいいと考えていた。たおやかな人生が送れるのではないかとの期待もあった。美紀に惹かれながらも、どこかで恵里を失いたくない自分をどこかに感じていた。
 「恵里と結婚すれば、落ち着いた人生が送れるだろう。だけど、年の差が俺には越えられない壁となっている。それでも恵里が望むなら…。」
 恵里の表情が瞬く間に明るくなった。
 「リョウ君と結婚できるの?本当に結婚できるの?夢じゃない?これは夢じゃないの?」 「恵里…本当に俺でいいのか?」
 彼はますます息苦しくなりつつある会社が思い浮かんだ。

 新たな出発42 通算1322
 「良いも悪いも…まるで夢のよう…。リョウ君と結婚できるなんて、夢にも思わなかった。」 半信半疑から確信へと変わったようであった。
 「わたし、リョウ君と一緒に生きていけるのね…。」 上気した恵里は良を抱きしめた手に力を込めた。その表情には良との新婚生活を想像しているようにも思えた。
 「リョウ君はグルメだから…わたし食事の用意が大変だわ。」
 「バカだなぁ、俺は普段は簡単なものを自分で作って食べているよ。」
 舞い上がった恵理には、良の会社への思いにまで思い浮かばなかったようであった。

 新たな出発43 通算1323
 「そう言えば…リョウ君は最近スーパーの野菜の値段を良く知っていると思った。一人で生活していたのね。」
 「ああ、侘しい一人っきりのアパート住まい…。」
 「それに…。な 〜んにもない。家も金も妻にぜ 〜んぶ渡した。あるのは給料だけ…。それに成人するまでは子どもの養育費を払わなければならない…。すってんてん…。こんな俺でいいの?恵里が苦労するだけ…。」
 「でも、リョウ君は給料多いでしょ。」

 新たな出発44 通算1324
 「他のサラリーマンと比べると多いから、生活には困らないが…。若い恵里と一緒になるからには家かマンションを買わなければならないし、恵里の老後を考えておかなければならない…。俺が亡くなった後のことを…。」 良は彼女に会社への苦悩を見せなかった。
 「リョウ君はそんな先のことまで考えるの?」
 「当然だろう。男の責任だと思っている。」
 「わたしも働くから心配ないわ。二人が働けばどうにでもなると思うの。心配しないで…。」

 新たな出発45 通算1325
 「わたし、上手にやりくりするから…。でも、夢のよう。リョウ君、夢じゃないよね?」
 「本当だ。信用しないなら俺のアパートに一度来る?」
 「行きたい、すぐに行きたい。今すぐでもいい?」
 「それは構わないけど…。」
 「リョウ君すぐにここを出ようよ。すぐに行きたい。リョウ君、すぐに行こ。何をしているの、服を着て。」
 「あ 〜あ、早くも俺を尻に敷くつもりかい?」

 新たな出発46 通算1326
 「うふ、違うわ、早く見たいだけ。絶対に優しい奥さんになってみせるわ。」 良を急き立ててホテルを出た二人は良のマンションに急いだ。
 「キレイな建物ね。」
 「あまり汚いところには住めないだろう、ガラの悪い住人がいてトラブルになるとイヤだから…。」
 「広いじゃない、この部屋。赤ちゃんが出来ても十分住めるわ。」恵里はすでに生まれる子どものことまで考えているのだろうか?

 新たな出発47 通算1327
 「リョウ君…」優しい口調であった。
 「本当だったんだ…夢じゃなかったんだ。」そういいながら彼の首に両手を回してキスを求めた。 彼女から舌を絡めた。
 それはゆったりした自信に満ちたたおやかさを感じさせた。
 「あッ、わたしたちお風呂に入ってない。」 急に思い出したように彼女は風呂の準備をした。
 「ラブホテルのように広くないぞ。中ではセックスできないぞ、恵里。」
 「バカ、リョウ君のバカ…。」

 新たな出発48 通算1328
 顔をほんのり赤らめていた。その表情にはすでに結婚したばかりの女性のムードが漂っていた。
 「リョウ君はここで料理を用意して、一人で食べていたんだ。」
 「そうだよ、最近は料理に凝っていてね。何でもできるよ。恵里より上手かも?」
 「そうかも?だって、リョウ君はいつも美味しいところで食べているから。わたしも勉強するわ。料理教室に通おうかな?」
 「料理が上手くなったら、恵里を迎えに行くよ。」
 「それまではダメなの?」

 新たな出発49 通算1329
 「当然だろう。俺が毎日食事の準備までしなければならなくなる。君は食べるだけ…。それは余りにも不公平…。」
 「相変わらず意地悪ねぇ。後片付けはわたしがしてもダメ?」
 「ダ 〜メ!」
 「向こうに行ったらすぐに料理を習います。早く迎えに来て貰えるようにします。」 恵里は真剣な顔になった。
 「絶対に約束してね。それまでときどき遊びに来てもいい?」
 「いいよ、大歓迎だよ 」。

 新たな出発50 通算1330
 「恵里に合鍵を渡しておくよ。」
 「うれしいッ!リョウ君は本気なのね。ときどき真剣な顔をして冗談言うから心配だったの。」
 「いくら俺でも、こんなとき冗談は言えないだろう。」言いながら机の中から合鍵を取り出して恵里に手渡した。 恵里はその鍵を宝物を受け取るように手にした。
 「これがわたしとリョウ君を繋ぐ架け橋ね…これがあれば寂しくない…。」良の顔を見上げた。その顔には幸せで満ちているようだった。
 だが、今後の身の振り方を考えると、彼は浮かれた気持ちにななれなかった。

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       第4章 別れのとき(BN)
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 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
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 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール
 (1255〜) 江戸蕎麦「悠々庵」 *リンク間違いをまたまた

       
 第5章 新たな出発(BN)
 (1281〜) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」
 (1306〜) 焼き鳥屋「地鶏屋」