連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

千晴との出会い46 通算361
 「黙って食べて!蕎麦がのびる!」
  「リョウ君、こわ〜い。」 千晴は慌てて一口食べた。
 「ああ、美味しい!今まで食べていたお蕎麦って何だったのだろう?でも、ダシが少し辛くない?」
  「ダシの中に麺を全部入れてはいけない。箸(はし)でつまんだ麺の先の三分の一ほど付けて食べて。」
 「お蕎麦は食べ方が難しいのね。わあ、美味しい!ホントに辛くなくなった。」
  「キャピー黙って早く食べて!」−彼に気押されて必死に食べた。
  「どう、蕎麦の感想は?」
 「リョウ君が、こわ〜いのが分かった。」

 千晴との出会い47 通算362
 「なぜ、お蕎麦を食べる時に話してはいけないの?」
  「麺がすぐのびるからだよ。蕎麦は一秒が勝負なんだ。」「ふ〜ん」
  「じゃ、ダシの中に麺を入れない訳は?」
 「うどんは表面がつるつるしているのでダシが付きにくいけど、蕎麦は表面がざらざらしているからダシが付きやすいだろう。」
 「なるほど…わたしがいつも食べているお蕎麦と色が違っていたけど…」
 「それは田舎(いなか)蕎麦。蕎麦の実の殻(から)まで粉にしている。この蕎麦は殻(から)を除いている。」

 千晴との出会い48 通算363
  「リョウ君はお蕎麦が好き?」「ああ、大好きだ。」
 「もう一つだけ聞いていい?」 悪戯(いたずら) ぽい表情を浮かべた。
  「わたしのことも好き?」「バ〜カ、引っかかるもんか!」
 「あ〜あ、失敗しちゃったぁ。」
  「でも、鰹(かつお)の香りとお蕎麦の香りがとってもいいし、喉越(のどご)しもいいのね。」
 千晴は良の想像以上に味覚が発達していた。幼い時から良い物を食べて育ったのだろう。天真爛漫(てんしんらんまん)な性格を考えると、彼女の家が金持ちだろうと思われた。

 千晴との出会い49 通算364
  「リョウ君、どこか行く?」
 「どこへ行きたい?」
 「リョウ君が行きたいところならどこでも…」
  行くあてもない運転をしながら良は黙ってしまった。
 「リョウ君どうしたの?わたし、悪いこと言った?」
 「…何も言っていない…」
 「じゃ、どうして?……」 千晴は何かを感じたようだ。
  「…美津子を思い出して…美津子はいつも『リョウ君が行きたいところならどこでも』と言っていた。」

 千晴との出会い50 通算365
 「…リョウ君…言ってもいい?」「何を?」
 「女は誰だって好きな人の行きたいところなら行きたいと思うよ。美津子さんだけじゃない。誰だって同じ…」 良は今までそんな風に考えたことがなかった。美津子の育ちと性格から来るものばかり思っていたのだ。
  「リョウ君、聞いても怒らない?『美津子さんに愛している』と言ったことあるの?」
 「ない!彼女にも言ったことがない。何度も何度も言っていたら、忘れることができていたかもしれない。」

 千晴との出会い51 通算366
  「リョウ君が軽い男じゃなくて良かったぁ。でも…美津子さんに、愛していると言っていたらなぜ忘れられるの?」
  「口に出せば出すほどウソになり、消えていきそうで…」
  「でも、どうして俺にそんなこと聞くの?」
 「わたしを好きだと言って来た人は、みんなすぐに『君を愛している』って言うの。本当のわたしを知りもしないで…。」
 「その上、すぐにキスをしようとするの。断ると態度を変えてすぐに去って行ったわ。要はセックスしたかっただけじゃない。」

 千晴との出会い52 通算367
  「だから軽々しく『愛している』っていう人、大っ嫌い。」 千晴の男性不信感の原因が理解できるような気がした。それも知らずに、良は彼女に厳しく接していたのだ。
  天真爛漫(てんしんらんまん)としか見えない千晴でさえ、誰にも理解してもらえない悩みを抱(かか)えて生きていた。−生きるということは悩むということであろうか?

 千晴との出会い53 通算368
 「俺は何も知らずに、君に厳しいことを言ってしまった。ごめん。本当にごめん」
 「いいの、リョウ君が指摘してくれたことにも心当たりあるの。反省することが多いのに気付いたの。リョウ君のお陰だと思っているわ。」 千晴は良を責めなかった。それがまた良には辛かった。
  「言っておきたいことがある。」 彼の真剣な言い方に、千晴は不安げな表情を浮かべた。
  「キャピー…俺と付き合っても…俺と付き合っても…いいことは何もない…」

 千晴との出会い54 通算369
  「なぜそんなこと言うの!わたし、リョウ君が好きなのに。」
  「俺は美津子の呪縛(じゅばく)から抜け出せない。自分が一番良く分かっている…彼女を失った俺は抜け殻(がら)も同然…」
  「違う!違うわ!絶対に違うわ!リョウ君はきっと自分を取り戻す!」
  「君は俺を過大評価している。俺はそんな人間じゃない!俺は敗北者に過ぎない。」
  「なぜそんなこと言うの…。リョウ君はそんな人じゃないのに…。」 後は言葉にならなかった。二人の沈黙はしばらく続いた。

 千晴との出会い55 通算370
  「…わたし、美津子さんの身代わりでもいい…。」
 「馬鹿なことを言ってはいけない。君は君だ。美津子には決してなれない。」
 「きっとなって見せるわ。」−千晴の強い決意を感じずには居られなかった。
  「リョウ君のアパート行ってもいい?」 千晴はせがんだ。男一人のアパートに来ることが何を意味しているのか、分かっているのだろうか?

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


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