連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い286 通算601
 彼はクタクタに疲れていた。仕事だけでなく、私生活でも彼を疲れさせる出来事が続いていた。二、三時間死んだように眠った。
 「俺帰る。…汗まみれの下着を着るのはイヤダなぁ…。」
 「大丈夫です。着替えはここにあります。」 彼女は箪笥(たんす)を開けて着替えを出した。
 「どうして?わたしの下着を…。」
 「こんなことがあるかもしれないと思って買っていたの。」 彼の普段身に着けている下着とまったく同じものであった。

 千晴との出会い287 通算602
 「こんなところにおいて居たら、両親にバレるだろう。」
 「誰にもこの部屋には入らせないから大丈夫です。恵里にも絶対入らせません。」  「これはわたしのためでもあるのです。女性の洗濯物だけを干していたら、女一人と思われて逆に危ないの。わざとこの下着を干しておくと安全なんです。」 
 セキュリティが確保されていて、外部からの進入は困難なマンションであった。
 良に精神的な負担をかけまいとする美紀の気持ちが痛いほど伝わった。

 千晴との出会い288 通算603
 「いくら男性物を干していても、男性の出入りがまったくなかったら逆に狙(ねら)われるので、ときどき来てくれると安心。うふ…。」
 悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)んだ。 ワイシャツも用意されていた。すべて彼が普段着ているものとまったく同じであった。
 「リョウ君の着ている物は、この前のとき全部調べておきました。」
 驚くことはそれだけではなかった。下着もワイシャツも首のところにあるメーカー名とかサイズ表示の札を切り取っていた。

 千晴との出会い289 通算604
 彼は肌が弱くそれがあると首筋がチクチク痛むのだ。それにすべてが洗濯されていた。買ったばかりの物を着るのは、何か化学物質がついているようで、嫌いなことをも知っていた。
 「君は何でも俺のことを知っている。」
 「好きな人のことなら当然でしょ。わたしは特別じゃないと思うの。」 「…。」
 「ああして欲しい、こうして欲しい、とばかり願う人は、男も女も相手が好きだとは思わない。自分自身が好きなだけ…。」
 これも千晴と同じであった。

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 ただ、一つだけ違った。それは良との結婚を熱望するか、しなかだけであった。千晴と付き合っていた頃は彼も若く、しかも独身で、結婚が手に届く位置にあった。
 十数年後の現在は結婚もしており、年齢も親子に近く、到底、不可能との認識の違いがさせているのだろうか?
 「ホントは君が欲しくて堪らない。今すぐでも襲いたい…。」
 「襲って、リョウ君…。」 この日のために買ったのだろう透き通るネグりジュ姿の彼女は妖艶(ようえん)なポーズを取った。
 まるでそのスタイルの良さを誇示するかのように…。これも千晴と同じであった。

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 「千晴さんも同じようにしたでしょ。」 軽く口にする美紀。
 「どうして分かるの?」
 「目が言っているわ。リョウ君は単純だからすぐに目にでちゃう。」  
 千晴は出勤前に良のアパートによく立ち寄ったものだった。そして、彼の寝ている布団の中に潜り込んでは甘えた。
 「リョウ君、寒かったわ。温めて。」−真冬にも、普段彼女が出勤する二時間も前の電車に乗っては彼のアパートを訪れた。

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 この頃には互いの身体が馴染(なじ)んでいた。微妙な二人の性のリズムがあった。
 「リョウ君がいないと眠れない身体になってしまった。」 彼女は腕の中で何度も訴えた。それは結婚を言外に含んでいた。
 豊かに膨らんだ胸、均整のとれた肢体(したい)、まるで芸能人と間違われる顔、その一つ一つが今でも鮮明に蘇(よみがえ)るのだった。
 結果的に見れば良が千晴を弄(もてあそ)んだことになる。そのことがずっと良の負い目となっていた。

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 「今でも千晴さんに会いたいと思うことあるの?」
 「…分からない…、でも、万一、会うことがあれば土下座してでも謝りたい。何を言われても仕方がない。ただ、ひたすら謝りたい…。」
 「君と居ると千晴といるような錯覚をしてならない。」
 「罪の意識がそうさせるの?」
 「そうかもしれないし、そうでないかもしれない…。君の明るさと献身的な姿が重なるんだ。」
 「…。わたしと別れた後もそうなるの?」 「…。」

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 「リョウ君、悩まなくてもいいわ。わたしが勝手にリョウ君のことを好きなだけだから…。それにリョウ君の中では、わたしとはセックスしてないでしょ。」
 「俺の中では?…」
 「いいのそんなこと、気にしないの。わたしのこと、重荷に思わなくてもいいの。たとえ別れても、リョウ君のこと思い出すだけで幸せな気持ちになれると思うの。」 「…。」

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 「美紀!俺は…俺は…。」 美紀に言いたいことがあった。だが、言葉にならなかった。溢(あふ)れ出る感情が彼を覆(おお)いつくした。
 「泣いちゃダメ!リョウ君。泣かないで、リョウ君。」
 二人はその後何も言わなかった。広い美紀のマンションに良の忍び泣きの声だけが響いた。
 すべてが片付いた後で、美紀に聞いてもらいたいことがあった。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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