連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

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  「だから男性が言い寄ってくると、その人に不信感を抱いてしまう。それどころかその人を嫌いになるの。」
  一体どういうことだろう?美しさが逆に彼女を苦しめているとは?男も女も多少の差はあれ自分がハンサムであったり、美女であることを望む。良にしてもそうだった。もっとハンサムでカッコ良く生まれていたら、と思ったことは一度や二度ではない。
 「俺にも…分からない…」 彼は黙るしかなかった。

 千晴との出会い17 通算332
  「でも、リョウ君、あなたと初めて話したとき思ったの。あなたは心の中を見通す人、私がどんなに繕(つくろ)ってもあなたは鋭く人の心を見抜く人…」
  「俺はキャピーが思うような人間じゃない。単なる過去を引きずっている弱虫…。」
  「広松で食事をしながら、リョウ君はふと寂しげな表情をしていた。思いつめたような表情をすることもあったわ。」  
 良は今までまったく気づかなかった。美津子を思い出す度に、周りにはそう感じられていたのだろうか?

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  「仕事でも恋でも、欲しいものにドンドン立ち向かって行くような人なのに、リョウ君は自分自身の中に落ち込んでいるように見えたの。」  彼女は食事をしながら、彼を鋭く観察していたのだ。
  「あの人なら私が分かってもらえるかもしれない、と思っていたの。」
 「やめてくれ、俺は…」
  「寂しいんじゃない、リョウ君?」−彼女はズバリ指摘した。
 実際、彼は恋の敗北者で、会社の仕事にも身が入らない自分に嫌気がしていた。憎しみだけが命だった良自身に…。

 千晴との出会い19 通算334
  「いいんだよ、俺なんて!どうなったっていいんだ…どうせ敗北者だから…」
  「リョウ君投げやりなのね。もともとそんな人じゃないのに…」
 「もう、いいよ。それより君の方こそ辛(つら)いだろう?」 彼は美しさが苦しみをもたらせるなんて考えたこともなかった。みんなが求めてやまない物を持っているせいで苦しみが生じる、そんなことを誰が考えるだろうか?
  良はしばらく考えたあと、
 「君には悪いけど、君の悩みは永遠に解決しない。」

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 「はっきり言うのね。あなたは…」
 「冷静に考えてごらん。親しくならなければ人柄は分からない。君は親しくなる前に拒絶している。だから、誰も君の本当の姿を知ることは不可能になる。」 彼女は思いつめたように考え込んだ。
  「そんな風に考えたことはなかったわ。リョウ君に言われる通り、自分自身が矛盾(むじゅん)しているかもしれない。」
 「もう一つ言えば…」
 「まだ、あるの?」 彼女は不安げだった。
 「じゃあ、言うのをやめる。」

 千晴との出会い21 通算336
 「お願い、言って!」
 「君の好きになった相手が同じ考え方だったらどうなる?」 「……」
 「恋が実ることはあり得ない。」 「……」
 あの饒舌(じょうぜつ)なキャピーが沈黙した。
 「…私の我儘(わがまま)だったかもしれない…」
 「もっとある。」「……」
 「君が万一、男が一人も寄って来ないひどいブスだったら、どういう考えになっているだろう?」
 「おそらく男が寄って来ないことを、恨(うら)んでいるに違いない。」
 「厳しい言い方をすれば、自分に男が寄ってきて、チヤホヤしてくれることを前提にしているだけだ。」

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  「…あなたは厳しいのね。それに恐い人ね…。」
  「わたし以上にわたしを知っているかもしれない…。わたしがちょっと言っただけなのに…すべてお見通し…」
  「何も見通してはいない。論理的な帰結だ。君は考えを改めない限り、絶対に恋はできない!」
  「リョウ君…冷たいのね…もっと優しく言って…」
 「君は自分を知った方がいい。その言葉自体が男にチヤホヤされるのが当たり前だ、と思っている証拠だ。」−彼は断言した。
  「……」

 千晴との出会い23 通算338
  「…辛(つら)いわ…厳しすぎるわ、リョウ君…」
  「ああ、そう思ってくれていい。俺はどうせダメな人間だから…」良は顔を曇らせた。
  「なぜダメなの?もっと教えて!わたし、あなたのことをもっと知りたいの。」
  「誰にも言いたくない!俺のことをあれこれ詮索(せんさく)するのはやめてくれ。それなら俺は帰る!」
  「ごめんなさい。ごめんなさい。あなたのことをもっともっと知りたくて…。」 最後は今にも泣きそうであった。

 千晴との出会い24 通算339
 当時の良は心がすさんでいた。しかし、周りからみると馬車馬のように働く若者に映っていたかもしれない。
 他の人以上に仕事をするのは、良にとって当然で苦にもならなかった。
 だが、彼の心の中には「なぜ利益のために働くのか?」という疑問が常にあった。
 もちろん、「生きるために働く」ことは理解していたが、企業組織で「心を売って働くこと」への異常なほどに強い疑問があったのだ。

 千晴との出会い25 通算340
 だから、彼は上司のみならず、重役に対してさえ噛(か)みついた。それがまた「仕事人間」に周りに思われていた。ゴマすりの人間には容赦(ようしゃ)なかった。
  「俺はお前のようなゴマすりは嫌いだ!」本人を目の前にして言い放つこともあった
  「仕事はできるが組織に向かない」−今から考えると周りの評価だったろう。
  「リョウ君どうしたの?」 キャピーの声で我に帰った。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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