連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

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 千晴は彼の部屋のすみずみまでチェックした。余りにも整理されているので女性の出入りを嗅(か)ぎつけようとしたのだろう。
  「誰が片付けるの?こんなにキレイに…。
 「彼女が一週間に二、三度来て掃除してくれている。」
  「恋人?リョウ君、恋人がいたの?誰、それは誰?」一気にアルコールから覚めたように千晴は取り乱した。
  「バ 〜カ、上手く引っかかったな。そんな女性なんていないよ。」
 「ホント?信じていい?絶対にホントね?」 何度も念を押した。

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 それでも安心できないのか、押入れから浴室まで部屋の隅々まで再びチェックした。すべてを調べて安心したのだろう。
  「リョウ君、信じたじゃない、わたし。本当に彼女がいると思ったわ。取り乱しそうになっちゃったじゃない。」
 「まだ胸がどきどきする。」 彼は彼女の豊かな胸を抑えた。
 「ホントにどきどきしているかチェックするぞ。」 彼は有無を言わせずキスをした。
 「あ あ…」 彼女の口から切ない悦びの声が漏れた。

 千晴との出会い128 通算443
  「リョウ君のバカ、バカ!リョウ君は真剣な顔をして冗談を言うんだもの。誰でも信じるわよ。」
 良の手がすーと腰の辺りまで降り、さらに下に下がろうとしていた。千晴は身体をクネクネさせた。
 「あ〜ん。」 抑(おさ)えた切ないため息が静かな部屋に流れ続けた。
  「立っていられない。」 彼女はソファに深く腰を下ろした。
  「リョウ君…。」 それは今まで聞いたこともない優しい口調であった。

 千晴との出会い129 通算444
  「お願いがあるの。」「なに?」「この部屋には私以外の女性を絶対入れないで…。」
 「今までも入れたことはないさ。母さん以外は。心配ないよ。」
 「ホント?」 「本当だ。」
 「もうひとつだけ言わせて。怒らないで教えて…二度と言わないから、絶対に怒らないでね…。」
  「美津子さんはこの部屋に来たことあるの?」
 「ないよ。就職してからこのアパートに引っ越したから。」 「…。」

 千晴との出会い130 通算445
 千晴は納得したようだった。しかし、良の言外に何かを感じたようだ。それを口にすべきかどうか悩んでいたようであった。
  「キャピー、まだ聞きたいことがあるの?」 「…。」
 「俺は絶対に怒らないから言ってごらん。」  「…。」
 「なければいいよ。」
 「…美津子さんは…美津子さんは…前のアパートによく来たの?」
 「…来た…。」
 「…やはりそうなんだ…。好きな人と一緒に居たいから…誰でも同じ…。」

 千晴との出会い131 通算446
  彼の口から明言された千晴は何かを考え込んでいた。
  「過去のリョウ君まで、全部わたしのものになればいいのに…。」 良の過去までをも自分のものにしたいと願う千晴の中に潜(ひそ)む女の情念に慄(おのの)いた。
  「ウソをつけば良かったの?」 「ウソはイヤ!」
 「でも…ウソでもいいから否定して欲しかったのに…。」 矛盾した、微妙に揺れる女の心のひだを垣間(かいま)見た思いであった。

 千晴との出会い132 通算447
  「リョウ君はバカ正直だから、すぐに本当のことを言うのね…。」
 「キャピー、君といるときは美津子のことを忘れている。自分でも不思議な感覚なんだ。君も知っているように彼女と別れてから、俺は憎しみが命だった。」−良は饒舌(じょうぜつ)になった。
  「君の天真爛漫(てんしんらんまん)さが、俺のすさんだ気持ちに潤(うるお)いを与えてくれている。その君が今度は逆に美津子を思い出させようとしている。」 「…。」

 千晴との出会い133 通算448
  「君は俺に美津子を思い出させたいのだろうか?そう思うときがある。」 「…。」
 千晴の目から大粒の涙がポタポタと流れ落ちた。彼女の大きな瞳は、何かを言いたそうに良を見つめていた。
  しかし、何も言わなかった。良には千晴の気持ちは痛いほど伝わっていたが、何度も何度も繰(く)り返しそうな千晴の情念に、一度は言っておかなければならないことだった。

 千晴との出会い134 通算449
  「…わたしが…わたしが…リョウ君を苦しめているのね…。」 「…。」
  「わたしは…イヤな女…リョウ君を苦しめるイヤな女なのね…。」彼は答えなかった。
  「美津子さんには…美津子さんには…。」
  「リョウ君のことを誰よりも知りたい。美津子さんより、もっともっと知りたい…。」
  「私はリョウ君を苦しめるイヤな女…。リョウ君の嫌いな…リョウ君の大嫌いな…。」

 千晴との出会い135 通算450
  「それ以上言わないで!キャピー。君の気持は分かっている。すべて分かっている。」  「…わたし、リョウ君に嫌われる…。」−千晴はむせび泣いた。
  「大好きだよ、キャピー。」 良は千晴の横に座り左手で肩を抱きしめた。
  「でも、美津子のことは二度と言わないで。話したくなったときに、俺の方から話すから…。」
  「許してリョウ君…。わたし不安なの、会ったこともない美津子さんが夢の中に出て来て、この私にも優しく微笑(ほほえ)むの…。」


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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


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